皇室について考える

前回記事の「天皇の祈り」のメッセージに「天皇家に生まれたということの意味、民草も含めて問われているんじゃないですか。天皇とは何だろう、天皇家とは何だろう、皇室の行事とは何だろうということを民草もちゃんと考えないと。祈りって何なのか。みんな人のせいにしているじゃない。」とあった。眞子様の騒動でも、芸能人のようなゴシップ扱いに終始することではなく、本当は私たち国民が皇室の存在を真剣に考える機会だったのではないかと思う。

皇室への想い

――今回の眞子さんのご結婚に対する大騒ぎは、日本人がずっとずっと大切に思ってきた、もう日本人のDNAに積み重なっている皇室への想い、特別なものだという想いを汚されたというか…。

 

(けが)されたんでしょ。

 

――だからみんな好き勝手にいろいろ言うんだね。今、言える手段があるからね。

 

でもその言っている人たちも、では自分たちで何ができるでしょう?

言ったら言の葉(ことのは)は消えないから。

その言の葉を言った者は、何ができるの? と問われるから。

 

一人一人が皇室について考える時代

それぞれ一人一人が考える時代。だからいろんな名前が出てきているけどね。

 

過去長い歴史の中で、同じような事はあったんですよ、たぶらかされたこともあったし、「ミカド」と言われていた時代でも、血なまぐさいことも含め、いろいろと天皇の周りにはあった。

だからそこは民草が考える機会にはなっている。 

だって、ピシッと答えられる人はいないでしょ。なんとなくぼんやりとしか。

 

――簡単に宮家を作ってしまうところだったね。

(2021年11月)

 

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