三種の神器について

先日、執り行われた即位礼正殿の儀では、歴代の天皇が継承してきている三種の神器が話題となった。三種の神器とは鏡(八咫鏡)・勾玉(八尺瓊勾玉)・剣(天叢雲剣)であり、見ることのできないものであるため存在は謎に包まれている。これまでの「われわれさん」の過去の発言をつないでみることで、三種の神器について考察する機会としたい。 写真 出典:ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)より

三種の神器は象徴でなく道具

昭和天皇は、戦前も戦後も祭祀を重んじ、戦争中も三種の神器を大事にしていたと伝えられている。それほど大事なものなのだろう。そして、神器は単なる象徴ではなく、道具であるという点に注目したい。

(三種の神器は)つながりの道具だから。神様とつながるための。エネルギー体との。

だからアークだよね。イメージとしても神様と天皇をつなぐものと日本ではなっている。その通りのもの。

言葉が象徴になっているんだ。大切なものだから守られ続けている。約束のハンコみたいなもの。」

神とつながる道具であるということは、神器はエネルギー装置みたいなものがあるのだろうか。

「うん、ある。今のコンピューターをも凌駕するものでしょ。今現在作れないものがここにあるんじゃない。そしてここだけじゃない。日本には(他にもそうした装置)ありますよ。」

 

鏡(八咫鏡)について

三種の神器一つである八咫鏡は伊勢神宮のご神体であるが、終戦後にマッカーサーが見たのはその鏡ではなかったのではないだろうか。

「いや、ご神体を調べようとして、マッカーサーの他にも3人いたんだけれど、そのうちの一人が開こうとした時に死んでます。開(ひら)けないということはわかった、(ご神体は)見ていない。もうひとつ(=一人)は入る時にとてつもなく苦しい思いをしている。

その時に(彼らは)神様の言葉を聞いている。神様は罰を与えるものではなく、問うものだ。マッカーサーたちにご神託が降りた。罰を与えるのではなく、罪を問うもの。「お前は何をしたいんだ」と。「それでお前はいいのか」と言われた。」

「八咫鏡といっても、みんなが思う鏡の形はしていないんだ。昔の銅鏡みたいなのともちょっと違うんだな。」

 

剣(天叢雲剣)について

熱田神宮に収められているとされる剣はどうだろうか。終戦末期に調伏に使おうとして草なぎの剣の箱を開けようとした神官が青い炎に焼かれて亡くなったという噂もある。

「その時に熱田神宮のご神体はレプリカに変えられたんだ。それは禁忌(きんき)を破ったから結界(けっかい)も破れた。禁忌を破ったということは約束事を破ったということ。」

「あれ(三種の神器、もしくは剣)はレプリカだ。本物は天皇さんしか触れない。持ち運びはできない。他の人が触ったら倒れちゃう。

レプリカでも作る者が作れば、十分神気の力はあるんだよ。思いの深さがどれだけあるかだから。」

こうしたメッセージをまとめてみると、三種の神器がただならぬ物であることがわかってくる。5回に渡って連載した「伊勢神宮と三種の神器にまつわる話」にも詳述されている。

 

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