「時間」というのは実は個々の観念でしかない

後半の記事を更新(1月17日)。

大人になれば子どもの時より時間の経過は早く感じるだろうが、そのことを差し引いても時間の流れは加速してるように感じる。ただそれも個々人の「観念」だという。

 

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一人一人時間の観念は違う

 

――この時間の加速は、前々から聞いていたけれど、異常に速いですね。

――また、速くなったみたい。

そうだね、そして自覚すればするほど、速いよ。

――どこまで速くなるのかって思うほどです。

どこまでもいくんじゃないかな?

 

ただ、自覚してない人にとっては長いんだ。

それは一人一人の時間の流れ、時間の部分の観念、感覚はもう違うんだ。

例えば、Aさんは8時間で生きている、Bさんはその半分で生きている。

そういう時間は本当にそこに存在する。

時間というのは個々の観念でしかないから。

――それってズレはないんですか?

ない。

なぜかといったら、個々の、自分自身の時間だから。

この人と、こっちの人とは違うから。時間の流れが。

一緒にいたとしても。

――それぞれの宇宙だからってことね。Aさんから見たBさんだから。Aさんの時間で見ている。

 

だから、私が、チャカチャカしているようにみえたり、ゆっくり見えたり、というのも、

その人から見た時間の観念の流れだから。

――宇宙の中心がAさん。宇宙の中心がBさん。そういうふうに存在はしているけれど、たぶん動きが違う。

(続く)