死んだ直後
(死後のことは)知らないということが恐怖につながるからね。
あの~、死んでからもまだありますから。決して怖れるものではございませんよってね。
――死に対することをですね。
――「あの~ あたしは死んだんでしょうか」って霊から聞かれるって話がおかしかったね(笑)。
それ、毎度毎度よ~。盆、暮れ、正月。
―(死んだ人が)見えちゃうから目が合っちゃうんだって言ってたね。
目が合っても知らん顔するようにしてるけど、「あの~ すいません、すいませ~ん。おききしたいんですけど~」って、道を聞かれたと思って振り返ると、あ、透明! いつものことかと無視して歩き出すと、「あたし、死んでるんでしょうか」ってきかれるわけだ。
――え~! 何それ~!
本人は気づいてないから。
ただ自分はおかしい、みんなが私の話していることが聞こえてない、私はここにいるのに…って。
――死んだ直後っていうのは?
死んだ直後っていうのはご先祖さんとかいろんな人が、あなた死んだんですよ、ほら、あそこでお葬式してるでしょ、見てごらん、っていうのが四十九日だよ。
だからお葬式っていうのは生きている人との離別の場なんだ。
四十九日と葬式
――お迎えっていうのはあるんですか?
あるある。亡くなった時、身体から離れる時にも死んだんですよってお迎えに来た人に言われるけれど、ふわっふわっしていてわからない人も多いから。
――じゃあ、四十九日間はいろいろ見ているんだ。
そう、そしていろんな経験をするの。モノも持てないし。(生きている誰かに)話しかけても聞こえてないし。
だから昔のものでもなくしてはいけないものもあるの。
お葬式を簡素にするのはいいけれど、お葬式をやることは大事。
死者と生者とは交わってはいけない
――(霊が)見えていると、目が合うと、ああこの人わかっているからって色々聞かれちゃうわけね。
そういう霊っていろんな人の声を真似するの。私の知り合いの声で、「ねえねえ」って。
だから、呼ばれたと思って振り向いちゃう。
まさかこんなところにいるわけないから、なおさら振り向いちゃう。そして振り向いた瞬間、危ないからパ~ンって祓(はら)う。
それで私が怒る、危険ですよって。その人(霊)が危険なんじゃなくて、
いいかい、この世の理(ことわり)とは、死の理と,生者の理とあって、絶対に交わってはいけない。
あのね、四十九日の間に夢見とか、先祖さんが介入して教えてくれるのはOKなの。伝えるとか。
死者とは縁を結ばない
でもそれ以外に、スっと寄ってくるものはあきらかに悪意のあるものが多いんだ。
だから縁を結んじゃいけませんよってこと。向こうは必死だから。向こうは欲望に忠実だから、身勝手だから。何も考えないから。自分の欲を満たそうとするから。
――それはこの世に心残りがあるからなんですか?
というよりも、見えると…。
例えばね、見えるでしょ、聞こえるでしょって迫ってくると、(こっちは)我慢できなくて反応しちゃう。私は一発で弾く。そうすると来ない。
やさしさなんか見せることはない。
行くところに行くしかない。
それは生者のためにも死者のためにもいいんだ。
しきたりの意味
――うちの地域ではお葬式で出棺の時にグルグル回って、行く方向(方角)をわからなくします。
それはとてもいい方法。
――そしてお茶碗を割る。結婚するときも割られるの、もう戻ってくるなって。
やるべきだと思う。あやふやはダメなんだ。霊柩車も角、角を曲がったりするし、通る道を変えたりする。
要するに幽霊ってまっすぐにしか行けないと思われている地域もあるからね。
――うちの実家の方は、ジャ~んってどらを叩いて鳴らして回してから霊柩車に乗せる。
昔からのしきたりは理にかなっていることが多いんだよ。
――皆覚えておこうね、死んだら死んだってわかるようにしておきましょ(笑)。
死んだ直後の世界
――死んだって本人は気づかないものなんですか?
気づかない。
――え~! 気づかないものなの?
あのね、亡くなりました。(自分の姿は)鏡には映りません。
でも見えてる景色は一緒です。
聞こえているものは一緒です。
身体が無くなるだけだから。
――相当興味あるなあ…。死後って。今死にたくはないけど(笑)。
――私、新聞記者だった叔父のお葬式で「死んでみるもんだな、おもしろいぞ」って言われたような気がしたの。
それは言われたんだよ。その人がすぐに死んだことがわかったのは、いろんなことを勉強してたんだろうね。やり切ったんだろうね。
――その叔父はガンで闘病していたからね。そして、本当に口調もそうだし、言いそうなことだったんだよね。きっと記事書きたくなってたかもね(笑)。
四十九日のあと
――で、四十九日が過ぎて、行く世界はどこなんですか?
まずはみんなが思っている世界ってあるでしょ。
たとえば、三途の川、エンマ大王、そういうところに行くだろうね。「ある」と言う人にはあるんだよ。
――欧米の人は違うっていうよね。
場所はあるんだよ。どこに行きたいのってこと。広いんだからあそこは。
――その人が生きてきた感じのところかな。
それはなぜか、向こうの御方々が、強制的に行かせるのではなく、自然に自分から行くんだ。
それがある人から見たら地獄に見えるし、ある人から見たら天国にみえるし。
――地獄はあるんですか?
厳密にいえば、無い。なぜなら自分を裁くのは自分だから。
この世の中でしかできないんだから仕事云々は割り切ってやって、そのほかの部分でいかに自分を満たすかなんだ。
そして相手を満たすかなんだ。
要は相手を満たす、自分が満たされる。自分を満たす、相手も満たされるわけだ。
それが明確になっていくんだよ。
――それがはっきりとみんながわかって生きていったら、この世はいいねえ。
だから、(この世に)来てるよ、パラダイスって言ってるじゃない。
それぞれにとってのパラダイス。
家族との再会、年齢
――家族に会えるんですか?
もちろん。会える。
何十年か先に向こうに行って、修行ではないけどある村にいたり、場所にいたりするんだ。研究者は研究室にいたり。すごくいい研究室だから。
そういうところに行ったりしているけれど、あなたが一番わかりやすい形で(家族は)出てきてくれる。
例えば、お父さん、お母さん、兄弟とか、亡くなった年齢、年代で出てくる。
――よく言うじゃない、若い時に亡くなった旦那さんが年取ってから亡くなった奥さんにこんな年寄りは違うって言われたらどうしようって(笑)。
全く問題ない。向こうでの一番上は20歳だよ。婆さんにはなれない。なりたきゃなってもいいんだよ。
――90歳で亡くなっても20歳?
20歳になる。
――やった!
やり切って死ぬ
ただし自分たちが
「私は中途半端になったけど、ここまでやり切ったよ、そこそこ。」
そういう風に生きて満足感を得て死んでほしい。
っていうか、村へ帰ってほしい。さっさと。
――うろうろしないでね(笑)。
そうじゃないと、「あたし誰?」「死んじゃったの?」ってなる。
――私は親を知らないけどわかるの?
むこうが知っているからわかる。
――おもしろがってうろうろするのも四十九日だからね(笑)。
100日過ぎたら、はたくよ、めんどくさいから(笑)。
――今日、年末になんて話だろうね。
――いやいや、おもしろい。
でも重要な事よ。
こういうこと(=死後の世界のこと)を和気あいあいと、にこやかに学べるところがもっとあるといいね。ホスピスも病院も、図書館も、どこも。
――超能力者の子どもを育成するよりも、こっちを先にしたいね。
大人を育成したい。大人はたぶん知らないだけ、知らされていないだけ。
興味のある人はいいと思う。ただし全面的に頼られてくると、逃げるけどね。
――だから宗教になっちゃうとまた違うしね。そこがむずかしいね。説法ではなくて。
そう、自分で考えてこんなことがあるよってだけ。だから笑えるかが重要なのよ。
――笑いながら死後の世界の話っていうのも面白いですね。
(2020年12月)
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