自分の選択には罪悪感を覚える必要がない

後半のページを更新(1月24日)。罪悪感などいらないという強いメッセージが続く。

コロナ前であると、会社に出社せずに自宅で仕事をするリモートワークが全国で実現するなど夢にも思わなかっただろう。自分の選択したことに罪悪感を覚える必要がないというメッセージである。

 

罪悪感、許すこと

 

(自分の感覚というのは)今まで養ってきたものだから。

そこの部分でそれぞれ個々が、選択したものに対して、しっかりと受け取り、受け渡し、罪悪感を覚えないことだ。

休むにしても、仕事をするにしても、仕事を変えるにしても。

休むときは、じっくり休む、仕事するときは仕事する。

――自己責任と、悪い意味ではなく、個人主義になってくるね。

そしてそれはとても良いことで、なるようになるし、そういうときの人間というのはなるようにするでしょ。

それがOKサインも、了承サインも出ているんだから、自分のテンポ、リズムを大事にしてやっていけばいいだけのこと。

そこにはいろいろな思惑が立ち入る隙は無いわけだ、自分が決められるからね。

――他人に立ち入らせる隙を作るなと。

(笑)そうするとまた周りがそれを精査して答えを出すでしょう。

 ――会社の小さな話だけれど、フレックスタイム制みたいなもの、自分で決められる。昔は無かったものですね。

そしてそれを、許す。

人間の一番の問題は、

罪悪感を覚えないことと、

許すことを許すことが苦手なんだよね。

――そうですね。男なんか午前中にふらふらと商店街を歩くのすら、なんとなく後ろめたかった。コロナ前まで。それってこの時間は仕事してなきゃいけないっていう罪悪感。コロナでなくなっちゃったけど。

――それって休んでいるときもそうだよね。ホントは会社に行ってなきゃいけないってうしろめたいの。

「休む」という事柄の観念が変わってきたんだよ。

――自分でコントロールをきちんとできる人はいいよね。

――でもなかなか頭から抜くのは難しい。

だから、無理やり行動を変えるような事柄(=コロナ)が起こったでしょ。

――なるほどね。

(続く)