だからこそ、年齢が上の方々は経験があるから、あらためてわからないことや、知らなかった事柄が出てきたら、年下の人たちに指摘をされるとどうなるか、想像できると思うけど(笑)?。
そこはスっと自然に知らないことを(教えを)請える人間の方が生きやすい。
相手も知らないことがあるだろうから、スっと伝えられる。教えるのではなく、伝えられる。
そして伝えたら、相手に選択権を渡す。そういう目をもっていると今後生きやすいし、伝えやすいと思うよ。
そうすると、怒ることが少なくなる。喜びが増える。知らないことを知ることができる。
ただし、知ることは行動することではなく、知ることは知ることであって、行動したときにはじめて自分のものにできるんだ。
――相手の言っていることではなく、行動を見なさいとよく言われたよね。
そう、言葉は美辞麗句だったりして、(行動、真実を)隠してしまう。
本人がその気がなくても。相手が経験をしていたら、それを見つめることができるけれど、経験をしてなかったら、それを見つめることができない。
ただ拘(こだわ)らない。それができるようになると、自ずと自分の行動や見方が変わるから。
この中で気を付けなければならないのは現実と真実は違うということを頭に入れておいた方がいい。
現実はジャッジメントしない。ありのままにそこにある理(ことわり)。真実は自分の経験の上での真実。例えば良い悪いを選択するのも自分だしね。
――「真実」という言い方をすると、普遍的なものだという認識をしがちだけど。今言っているのは自分の中の真実。目の前の現実と自分の真実は違うから見なさいということ?
そうです。
そのズレを怖れないこと。そうするともっと普遍的な真実の端を垣間見ることができるよ。
(続く)