選ぶのは自分
――年明けにある神社に行こうと思っていたら、ちょうど停電で、予約システムが使えませんって…。だからこれは違うなあってやめました。そうしたら友人から「(別の)〇〇神社に行ったことある?」とLINE。ゼロ磁場なんだって。これは行けってことかと。
選択するのは自分だ。
それから、「ゼロ磁場」という言葉に惑わされないで。
――ゼロ磁場に行きたいのではなくて、ここで琵琶湖に停められて、すぐにその神社が出てきたのでそれに従ってみたいなって思うの。
行くなら温かくして行け。
温かい飲み物をよく摂って行動して。
情報はどんどん来る、選ぶのは自分。
スルっと行くものに関しては、スルっと行けばいい。
邪魔が入ったものは保留にすればいい。
(行こうとして中止になったのは)物が固まらなかったか、周りの者が危険だから今はやめとけと止めたか、どっちかだ。
――今、Eさんがちょうど山の上から琵琶湖眺めてるってメールが来てたね。
感覚的に光っているもの
――今度、私は広島に行きます。
いろいろなところに行ったり、神社でも普通に道を歩いているときもそうなんだけれども、ふっと人の目を引く、物、形、人物がいろいろなところで現れ始めている。
感覚的には光って見える。
観察してみると面白いと思うよ。
――エネルギーが、高いっていう言い方をしていいのかなあ、
え~ 細やかで、緩やかで、放射線状に出やすい。
モノも、人も。
それは有機物だけどね。
木だったり、動物だったり、虫だったり。
――纏(まと)っているものが、そういうものを感じさせるのね。
見える、オーラとも違う。
それが増えている。
感覚的に見えたような気がする、
なんかここだけ明るい気がする、
というところにはどんどん行った方がいいんじゃないか。
――それも、地球の進化なの?
人の進化。
――それを感知できるように進化したんだ。
そうそう。
ということは新しいエネルギーを纏(まと)うことができるということ。
共有することができるということ。
――じゃあ、第六感?
第七感。
感知するということ。
場で感知すれば、その場をみんなのものにできるでしょ?
楽しく。
身体の具合が悪ければ悪いほど、良くなった時に感知しやすい。
光るのは生命エネルギー
例えば病院に入院していて、外に出た時に光って見える。
それは生命のエネルギーだ。
それはいろいろなところで。
そして生命の輝きだから、その場自体が、自分たちにとってもプラスだと思う。
――やっぱり、見ていて気持ちのいいものは、気持ちがいいものね。
素直に。
見つけたらにっこり笑いながら観察してみたらいい。
その磁場がどこにでもあるから。
そして観察しているうちに自分が光り始めるから。
――目が離せなくなることあるよね。なんだかわからないけどそこから目が離せない。でも、変なものに魅入られてるって怒られたことあるけど(笑)。自分が落ちているときって特にマイナスに引かれてしまう。気をつけなきゃって思う時があるよね。
――神社で動けなくて、ず~っと見てたら熱出したことあるし…。
それは人酔いと一緒だ。
場で酔っちゃってる。
「場」の合う合わない
――〇〇大社で動けなくて、目が離せなくて。
見てると、(向こうからも)見られてる。
それは良いとか悪いとかではなくて。
――その晩、熱を出したから、そこは私には合わないところだったみたい。
あのね、最近はそういう者たち(=神様)も、例えば、合わない者が来た時に、大風を吹かせて立ち退きを要求するとか。
――私は立ち退きを要求されなかったのかな(笑)。
それは観察されたからだ。
外に出すと危ないと思ったんじゃないか。
だから取り込もうとしたんじゃないか(笑)。
――もうちょっとちゃんと説明してよ、わからない。
皆は意味がわかっていると思うぞ(笑)。
――外に出すと危ないの、私?
他の者たち、そこの者たちに影響があると思われたのかもしれない。
――私が悪いものをいっぱい持ってたから?
悪いもの、いいものではなくて、エネルギーが高すぎた、そして合わな過ぎた。
だから小さき者たちに影響があると思われたから。
――じゃあそこの者たちを守られちゃったのね。危険人物だったのね。
危険人物かどうかわからなかったので観察されたんじゃないか?
そしてその気に当てられて熱が出たんじゃないか?
別に嫌っているわけではない、「気」が、合わない。
――それっきり○○大社は行ってない。
ただし、自分が進化したり、自分の観念感覚、感じて動くことが変わると、行けるところと行けないところと、また出てくる。
(2023年12月)
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