玉置神社と古古神

私たちも岡山に呼ばれているかなと思っていたけど、熊野、玉置神社に行くことになりそう。友人のお母さんが和歌山の生まれで神社の偉い人とつながりができたそうで連れていってくれるようだ。

玉置神社は熊野の奥宮といわれるとても山の奥にある。

気を入れて行かないといけないような神社。その宮司さんたちと友人が仲良くなったらしい。その友人が言うには偉い上の人たちの意識が変わってきた、自分たちはお金もあるし、もう自分の損得は度外視して、ボランティアではないけれど動きだしているって。お話会をしたり、人に伝えたりしているって。

―この会と同じような動きだね。見えないところでリンクしているみたいだね。玉置神社はものすごく古い神様の神社。

そう 古古神、地球の要の神様。国家とか小さいところではない。少彦名の命(すくなひこなのみこと)の昔の名前は、思兼命(おもいかねのみこと)だったりする。知恵の神様。

―え、その二つが一緒になっちゃうの? スクナヒコは大国主と一緒に国を作った小さい神様。オモイカネはアマテラスが岩戸に隠れた時にどうやって出そうか考えた知恵の神様。

よく言う一寸法師の大きさの神様。スクナヒコは力はないけど頭はあるの。タジカラオは力はあるけど頭はないの。だからタジカラオの神様の左の肩にスクナヒコが乗ってこうした方がいいよ、ああした方がいいよっていうの。

―先日、ある宮司さんに聞いたのだけれど、本当に祀られている神様の名前は秘密にしているんだって。本当の名前を出さないそう。仮の名前を出している。神様の大きさの話があったけれど、視覚的に小さいんですか?

古事記や日本書紀に小さいと書かれている。なぜ小さいと言われるのかというと、その役割にあったエネルギーの大きさなの。人間のような形ではなく、エネルギーの大きさ。

―玉置神社は後で調べてみてください。軽々しく行くところではないです。

観光で行かない方がいい。気をぐっと持った人が行った方がいい。

―古古神(ここしん)は神社ができる前からいたんですか。

そう、古古神がいるからそれを感知して神社を作った。そのお社に入るかどうかは神様が決めてるけどね。古古神は人々が祭事をして招くという形が多いかな。普通の神社はおられる神様をお呼びするという。その違いはあるかも。

―地球創世に近いような古い神様です。出雲大神宮の後ろの神様ぐらい古いかな。

出雲大神宮の後ろの神様にも匹敵するかな。それよりも古い。それを指導するくらい古い。上の磐座の神様もお招きするっていうことをする。わざと有名にならないようにしている。そもそも知られないし、行かれない。

以前、玉置神社に行った時には、自分の願い事ではなくて、国の願い事でもなくて地球のことをお願いしてきた。地球自身は人が争うことも、木々を倒したり燃やしたりすることも望んではいないんだ。そんなことのために地球を使うわけではない。いろんな、千差万別の思いがあっていいんだけれどね。押し付けることなかれ、だからね。地球神は怒ることはないんだ。悲しむだけなんだ。悲しみがあまりに強いから、渦になったり、禍になったりするんだ。あまりにも悲しむからその気持ちをわかる者たち(=神様、精霊)が怒っちゃうわけ。誰もお母さんが泣くことを子供がよしとはしない。

覚えていてほしいのは一緒に歩んでるってことを忘れないでほしいの。一挙一動無駄なことはない。

―今度玉置神社に行くってことはみんなも一緒に行くってことなんだ。

もちろん。(2017年4月)


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