カルトへの依存とバランス感覚

このお話会での一貫したメッセージは、自分で選択する、自分で考える、他者に依存しない、他者に脳みそを渡さない、であり、中道とバランス感覚の大切さである。それは宗教でも科学でも思想でも妄信することの危険信号になっていると思う。

バランス感覚

 

見えないことに囚われないこと、見えすぎることにも囚われないこと。

バランスが大事だから。

だいたい偏るじゃない? そういう人たちって。それはそれでいいじゃない。

なぜ、見えない部分の自然科学と科学があるのか、というのはよく考えたほうがいいと思う。

そうじゃないと、カルトになっちゃうから。

――両方バランスをとらないと、怪しい人になっちゃいますね(笑)。

だって両方必要だからその世界にあるわけ。

個性的な人になるのはいいんだけど…。

通常の部分も大事にしないと。

(通常には見えない存在が視える)私は病気のことを色々聞かれても、私は医者じゃない! まずは医者に行け、と。

ここは当たり前! 

自分の目で確認して、自分の耳で聞いてお医者さんというプロに行く、行ったという認識をもたなきゃいけない。

全部やったうえでダメなんだけれどと聞かれたら、楚々と出て行ってできることをやるというだけ。

だから最初からこっちに来るなと(笑)。

 

依存でなく自立

 

とある神社の宮司に、ずっとその年まで宮司をしているのに「この祭り方でいいんでしょうか」って聞かれたときに、私に何をきいているんだ、あなたのほうがプロでしょって…(=呆れかえった)

―― 一緒にいたんだけど、あの神主さんはスピリチュアル系の人の言うことを聞いてしまう人だったね。

流されて、神様にダメだしされて、もう亡くなった。

バランスは大事。

カルトはみんな怪しいってわかるんだよ。 

――でもそれに惹かれちゃう人もいる。前回のメッセージでも、思い込みの強い人は、経験をすれば変わっていくって。でもカルトの人は…。

あのね、自分で、本当に大事な自分のところを見たくない人が多い。

見ると辛かったり、責任を請け負わないといけないと思い込んでいたり。だからそれを避けてくれるような人が好きなの。

そして自分は自立していると思い込みたいわけ。

でも本人が一番わかっているんだよ、自立できてないって。 

――そうでしょうね。

だから、カルトの教祖が捕まりました、死にました、といったときにすぐに分散、解散されちゃう。

それは自分たちの認識意識が全部依存していたから。

――K(新興宗教)は教祖が亡くなったよね。

ばらけてるばらけてる、自分が教祖になれるっていうのが、ごちゃまんと出てくるぞ。

(2025年9月)

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