隣国の脅威に対してー自分の「選択」を考える

―先月(2017年4月)、(北朝鮮から)ミサイルが飛んでくるのではと心配したけど、飛んでこなかったね。

(隣国の脅威となるミサイルが)来る来ない、というあやふやな心配をするより、自分自身の「選択」の心配をした方がいいよ。

その選択をすることによってミサイルが飛んでこない未来が来るかもしれないよ。

 

「愛」って、ただそこに在るだけ。

「愛」そのものは何もできないし、しない。

そこに在るだけで、人間がその道具をどう使うのか。

 

さっきの三つ(自分を愛しましょ、期待するのをやめましょ、選択の自由を取り戻しましょ)、

ともにシンプルになりましょうってだけ。

 

愛しましょう。

期待するのは自分自身だけだから周りに期待するのはやめましょう。

そして自分に選択の自由を許しましょう。

 

「あれはこうだからできない」とかどちらの言い訳が多いかで、やりたいのかやりたくないのかわかるでしょ。

やりたいことをやればいい。

そしてあまりに手に余るようだったら(度が過ぎる行為であれば)、パァーンとやるから(=「われわれさん」が手を出すということか?) 

―前に、手は出さないが、もし核が出てきたら、(「われわれさん」、能力者たち?が)手を出すって話していたね。

(北朝鮮は)それをわかっていて、ここまでは大丈夫かな~と様子を見ながらやってるよ。

小さい子のいたずらのように。

ここまでやると怒られるかな? とかね。

 

お母さんの顔色見ながらやってたら、横からお父さんがパァーンって(笑)悪いことしたら、パァーンってやられるのは定番よ(笑)。

そしてそれが周りに知らしめるために一番屈辱的よ。

命の関わりに関係なくね。

(2017年5月)

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