縄文と日本人(3)

前回の続き。縄文と日本人というテーマの最後。日本人はシャーマンであり、その自覚を持っていきたい、という内容である。

日本人はみんなシャーマン

みんながシャーマンなんだよ、日本人って。日本人に生まれたというだけで。

日本にいる白人同士の間で生まれたとしても、日本人なんだ。

日本の地で生まれた者。

―全員がシャーマンだったら、日本は強いよ~~。大変だよ。

全員シャーマンなの! 

ただし、自覚があるかないかなの。

今、自覚がある子供たちが生まれ始めている。

小さい、大きいはあるけれど、虫の知らせとか、予感は日本人にはあるんですよ。

それを信じる、自分の何となくの感覚を信じるっていうそういう部分を持っているんだよ。それをもっともっと自覚していくと使いやすくなると思うのね。

―例えばここにいる人たちだけでも、自分の直感を信じてシャーマンレベルを上げていけばいいね。

楽しくなるんだよ。あのね、自分のためになることは人のためになること。それを実感できる。

伝えやすくなる。もともとシャーマンはあまり言葉をしゃべらないから。感覚、雰囲気。

みんな雰囲気に呑まれるとか、雰囲気を作るとか、結構言っているじゃない。それはどこからくるんだろう、一体感だよね。たとえば、その場所の。それを読み取る力が強いのは日本人なんだよ。

それをうまく活用していけば、自分にとっても周りにとっても楽なんじゃないの。そして楽しいし。

―(この会は)シャーマン修行の一年だね(笑) 。

 

子どもたちの変化

―たしかに日本人が持っているポテンシャルは、そうならばもの凄いものがあるじゃないですか。ここで使わなくていつ使うのって感じだよね。

だからいろいろなところで、いろんなタイプの子どもたちが生まれている。一見、障碍を持っていると言われているかもしれないけれど、よく観察してみると、何かを特化した、一つごとに特化した能力を持っている子が生まれている。

今、特に多くなっている。 

今、観念、想念が変わってきているじゃない。普通だと思っていたことが壊れてきたじゃない。強制的に。

その子供たちにしても、よく観察してみてみると、特化していてここは集中できるんだねとか。大人が下手なことに気を使っていること、学校も、そういう体系が変わっていく。新しい子供たちには通用しないから。

ただし、古い者たち(=固定概念に縛られた大人たち)は通用しないと、何々症候群ていう括りにしてしまう。

でもそういうものが少しづつ、あれ、これはちがうんじゃないの、個性なんじゃないのって、気が付く時代になる。それを生かせるといいね。適材適所。(そういう子どもたちは)下手に気を使わないから。正直だからね。

(2020年10月)

 

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