呪(じゅ)と経験について

呪(じゅ)も自然科学

―以前、量子は観察者で振る舞いが変わる(=観察するという行為自体が、観察される現象に変化を与えるという「観察者効果」のこと )という研究が大学でされたという話をしていたけれど、どれだけ意識するかで実態を持ってくるのかな?

そう、一番簡単にわかりやすいのは神社だ。ここに神社がある、みんなお参りに来ます、すごく強くなります、急に行かなくなります。

そうすると力を失うんだ。

―呪(じゅ)も量子論で説明できるかも。

呪も自然科学だから。 

―こういうことも実は科学が発達したら説明できることなんじゃないかと思うんだ。

意識の長さとか、高さとかが見えるのであればとても科学的だと思う。

―呪がかかりやすい人と、かかりにくい人っているのかな。

いや、本質的にはみんなかかる。日本に生まれた人、外国人でも、日本の地にいるものが神様にとって日本人なんだ。なぜ、今そこにいるかなんだ。

 

無駄な経験はない

例えば、小さい事故でも起きた時にその電車に何となく降りる人、逆に乗ってくる人がいる。その違いがある。それはわかって回避したんじゃなくて、そこにいるべきでなくて降りるってこと。

必ず言われることだけれど、無駄な経験はないんだ。そして、その経験をする必要のない人はそこにいないんだ。いられないんだ。意識的だろうと無意識的だろうと、その経験の必要のない人は行かないんだ。そして、邪魔される。

福知山線の事故JR福知山線脱線事故 2005年4月25日)の時に(ある)おばあさんが「乗ってはいけない」って止めてる。能力者が止めたんだ。それは見えて触れる人。

でもそれ(忠告)に従うかどうか、それを受け止めるかどうかはその人なんだ。選択肢は人間にあるんだ。どうしようもない。だから、目で見て、耳で聞いて、足で感じて選択してくださいよってこと。第六感もあるけれど、すべての経験も含めてね。(2018年3月)

 

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