ありのままを見る、死後に見えるもの

(ありのままを見るというのは)カメラもそうだよね。パシャって撮って、カメラはそこのあるものしか撮らない。人の目に映っているんだろうけど、消しているもの、脳みそがパニック起こすからないことにしているものも写すじゃない。心霊現象とか。カメラはそこにあるものを写しているだけだから。

だからいかに人間の脳は自分にとって雑ごと、自分にとって必要ないもの、理解できないことを排除しているかだ。ありのままに見るということはある意味、ある年代を過ぎると難しいかな。

―それって逆に自分を守っているんじゃないの。余計なものを見て疲れるよりね。多次元の自分もどんどん想像していっていいんでしょうか?

向こうも想像しているだろうしね。もし人間に近いものであるならば。

―あら、私の別の次元の私って人間に近いものなのかしら(笑)。今急に心配になった(笑)。

さあ、それはどうだろうね(笑)。でも、イメージしてみればぼんやりと浮かんでくる可能性はあるよ。

私がよく繋がってイメージするのは、荒野、火星みたいなところに座っていたりする。女型でも男型でもないし、まあ人間に近いかたちではあるけど。

―それって死んだときにはいろいろわかってくるんですか?

それはその人その人じゃないかな。

亡くなってエネルギー体になって行きたいところに行く。「幽世」と呼ばれているところ。

それぞれの想像、例えばキリスト教徒なら、天使が迎えにくるし、仏教徒なら、阿弥陀さんが迎えに来るかもしれないね。それは向こうのイメージと合うようなところで来るんじゃないかな。私なんかは全く違うところに行くけど、だから参考にはならない(笑)。

―そういうと、死んでも全部が見られるわけではないんですか?

見たいと思えば見られるよ。なぜなら一体化するから。ただし、瞬間に見てもパニックにはならない。普通だから。人間の言葉でいうと。

―(死んだら)あなたがよく言う「在る」っていう状態になるんですか?

なるでしょうね。どこまでなるかはその個人次第だけど。だいたい、それが普通だから。

だからそこで、(人生で)こうするべきだった、ああするべきだったって言ったって遅いよ。だから今の世の中でやりましょうね。(2019年12月)

 

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