他人と切れずにつながる自分
―― 1人の意識、例えば百一匹目の猿の話ではないけれど、誰かが伝えたわけではないけれど、なんとなく伝わる、そういうものっていうのはあるんですか?
みんなつながっているから。
木の根っこが反対の木の根っこと繋がっているように。土は反対の土でしょ。
――地球の裏側でも。
人間の意識はこの空間にあるでしょ。繋がっているじゃないか。
それが無意識だろうと、意識にのぼろうと。
――それがワンネスか、やっとなんとなくイメージはできます。
そして、どこにも行けない、行かなくていいの、つながっているの、切れることはない。
ただ、中にはそれが強すぎてきつい人もいるでしょう。
例えば共感。
音が色で見える人とか、脳の一部の部分でね。
障碍というのかギフトというのかわからない。
――Rさんが一番わかりやすい見本ですよね(笑)。あっちこっちからみんな入ってくるし、分かる。この絵。普通じゃないよね、意識からくるのかな。頭の中にあるんじゃないんだよね? どこかにあるのが入ってきて…。
否定をしない。
全て肯定、すべて私である。
――昔から、「どこにでもわたしはいる」って言っていた。そういうことか。どこにでもある、居る意識というのは、Eさんもどこにでもいて、Lさんもどこにでもいるよってことだ。
――じゃあ、自分が学んでなくても、つながっているから学んじゃうということになるんじゃないですか?
そして、だからこそ好奇心が生まれるんだよ。
知らないこと、学んでないことには、知らないんだから好奇心は出るわけがない。
知っているんだよ、一番自分が知っているんだ。
違うあなたに質問して、あなたが答えている。
――なるほど…。Lさんの好奇心がそういうことなんだ、わかりやすい。
それは、(個人)それぞれそうなの。
だから言ったでしょ、知りたいことは何なのか? 知りたくないことは何なのか?
それも同じことだから。知らなかったら、知らないということをわからないでしょう。
――なんとなく興味が湧く、アンテナがピピ! っていうのは?
知っているの。
――時間と空間がないとしたら?
そう。ないから。
――それを知ったときに、ものすごく楽しくて面白いということを感知してるから、そっちへ行くって。
そう知りたいと興味を持つ。
――これは聞いたら面白いぞっていうのを(本人は)どこかでわかっているのね?
ここら辺にあるから、テレビ、ラジオ、携帯、いろいろなところでそういう情報が入ったときに、あって思うでしょ。見えるのよ。
――何かを知りたいって思っていると、その情報が入ってくることってあるよね。
――あるある、わかりやすいよね、そういうことだったんだ。
それをそれぞれの経験値の中で活かせばいい。
自分一人で活かせなかったら他者と共有、共感すればいい。
――こういうことを知りたいと思っているのよ、ってまわりに言えば、Eさんが知りたいって思ってたことなんだけどって誰かから来る。
だから行動する人、情報を共有できる、要するに集まりやすい人。
――このお話会の人はつながりやすいよね、10数年もつながってるから。
(続く)
自分は他人、他人は自分
――でも全然知らない人はなかなかね。繋がりの濃い薄いで違いはあるかもね。
それも自分で決めるんだけどね。
だから面白いことに初めて会ったのに初めてじゃないような気がする、初めて会ったのにその人を絶対的に信用、信頼する、相手もそうっていうのも繋がっているからなんだ。
――そういうのありですねえ…。
――この話がみなさんとできるようになったっているのは継続して積みあがってきたってことですよね?
とても重要でとても好奇心で、もうそろそろ使える時代に来たのかな。
時代がたどり着いたのかなって。
これから『神との対話』という本を読むと面白いかもよ。
――ずいぶん前に散々読んだけど。ニール・ドナルド・ウォルシュっていう人が書いた。
――でも、別に読まなくてもいいんじゃないの。ここに同じようなこと言っている人がいるし(笑)。
その中にも、「私は君で、君は私」だとあった。
――そうね、その概念はそこで学んだかもね。
学んだとしても、使うかどうか。
本当に今みたいにうっすらとわかったときにこそ、使えるんじゃないか。
いろんな部分で今後目に見える形で、問いかけると答えが来るでしょう。
それを訓練してみてもいい、楽しくね。
――以前の「外計」みたいな。
そうそう。外計の一歩進んだ事柄だ。それを楽しくやってみるのもいいと思う。
――なんとなくどうしようかなと思っているときに外計は気にしてみたりしている。
――(考えていると)その文字が目に入るとか。
――本当にそう思っていても何も言ってもらえない時もあるよ。
本当にそう思っているのかな?
逃げ道で思う人もいる(笑)。本当は違うことを思っている。
――そういう風に何も出てこないと、あら、私ごまかしてるのかしらって…。
袖すり合うも…
一日のプロセスの中に今日はどんな人に会うのだろうと考えながら動いてもいいと思う。
それは実際に話をするとかではなく、バスの中で一緒になる人たち、電車で一緒になる人たち、駅で一緒になっている人たち、話はしなくても繋がっている人たちだから。
――「袖すり合うも他生の縁」っていうものね。
空間をともにしているわけだから。
だからその人たちを観察していると、ああいうあればあるかな、こういうあればあるかな、それも外計のひとつになる。
――今の話を総合して考えると、人類のものすごい進化の一歩じゃないかな。
だから、退化はしていない。
もっと楽しんで、もっとわかりやすく素直になればいいだけ。そして楽しむんだ。
つながっていて、つながりが切れることはない。どこにいても。
――でも、つながりが切れたという経験がしたいから来ているけど。
だから忘れるというものを人間は作ったんだ。ただしそれは悪用されてしまったけど。
――それが、開いてくるというか。開放されてくるというか。
開放されたんだ、今。
――それに気が付いた人たちが…。
気が付いたんだ。
気が付いた! あなたが、気づいたんだ。
――私が気付いたら、私の世界はみんな気が付くんだ。
それはなぜか? つながっているから。
――それが101匹目の猿だ。100人気が付くと。
100人は後からついてくるんだ、あなたが一人気が付く、今、気づいた、今、始まったんだ。
――今日、今、ここで始まったんだ。
そして、今、途中で、そして終わったんだ。
だから、今、この瞬間から楽しめばいい。
明るくなったぞ。
――陽が差してきた! 外計のように。
(2026年1月)
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