選択と動機

未曽有のことが起こりうる時代、己の行動は他人任せでなく、自分の選択によるものであると繰り返し説かれる。後半の同意と共感は、思い当たるふしも多い。

分が選択し信じ抜く

―悩んでいるときにもそういうもの(=異次元からのインスピレーションなど)が来るのかな?

何に対して悩んでいるのか、対人関係なのか、自分自身のことなのか、お金のことなのか、仕事のことなのか、病気のことなのか、その種類によって違うから。エネルギーが違うからね。

だって病気で悩んでいるのと仕事で悩んでいるのとでは違うでしょ。 

―病気で悩んでいるならお医者さん行った方がいいしね。

そりゃあ言えてる。ただし半分だけどね。あくまでも他者に考え、感知、いろんなものを任すのではなくて、自分が感知、認識して動くということ。どんな場面でも。

―例えばどこの医者に行こうかっていうのもインスピレーションだよね?

そうしてここって決めたら自分自身を信じ抜くことだね。悩むより、行ってみないとわからないし、もしだめなら次に変えればいい。

自分の身を守るのは自分だという基本原理があるから。

―まあ、選択は自分でするんだからね。

選択も責任も楽しみもいろいろな感情も含めて自分のもの。だから「動機」が大事なんですよ。動機は自分にしか作れないでしょ。

やりたいことについて、プラスのことをたくさん考えられるのか、でもこれだからできない、あれだからできないって考えるのか、できないことが多いんであれば本当はやりたくないんだよ。

言い訳を作るときはそれを考えないで、言い訳を考えなくていい行動をすればいいんだよ。「下手な考え、休むに似たり」、疲れるだけだからさ。

 

同意と共感は違う

あとは割り切り、仕事の時は仕事、遊びの時は遊び。その割り切りが今あいまいになってきている気がするんだ、人の間の中で。

で、他者の中で同意性だけがクローズアップされているような気がする。同意性は同調性とは違うけど、「どう思う」「一緒だね」って。

―共感を得ること。

共感ではないなあ、他者の同意を得て、それで安心したい。共感はもっと深くて、認めるよって。同意っていうのは、「認めてね。」「そう思うでしょ」って。

―みんなが一緒だと安心する。

はたしてそうだろうか。みんなと一緒、と言うけれど、一人ひとりは違って当たり前だから一緒ってことがありえるんだろうか。ただし、それもあり、これもありでいると、色々なものが受け取りやすい。びっくりしないで、否定もしないで、ああそうなのね、で終わる。受け取れなければ。受け取れれば あ、おもしろいね、で。

だからそれが間口を広げるということに繋がるんじゃないの? 興味があるものは向こうも興味を持ってもらえるから、そういう現象が起こりやすくなる。

―(上の空間を見て)興味を持つから、助けてねって(笑)(2019年12月)

 

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