希望とは防御であり、愛である

2014年秋のお話し会のあとに、突然、降りてきたメッセージを、ここに書き留めておきたい。短いものであるが、力強い語り口調であることを想像しながら読んでもらいたいと思う。

 

希望は最大級の防御であり、最高級の愛である。
望の「き」は気質の気のこと。自分を知ること。
希望の「ぼう」はいろいろな意味、忘却の「ぼう」でもあり、冒険の「ぼう」でもある。
自分を知り、自分とともに冒険をすることは忘却につながり、己自身を認め、信じ抜くことにつながる。
イコール最大級の愛である。
そこに他者は介入できない。それぞれのものでよい。

 

(これが今)上から降りてきたメッセージだ。

希望をもっているということを自分で認識すること。

この世界には自分一人しかいない。

自分を感じるために他者がいる。他者がいなければ、自分が自分であることがわからない。そこに善悪はない。上も下もない。

「われわれさん」と我々(私たち一般の人間)の差もない。同じ気質をもっていなければ接触はできない。

 

どんな選択であれ、どんな形であれ、今の立っている自分がどんな形であれ、無条件で愛されていることを忘れないことだ。存在を認められていない者が、そこに存在できるわけがない。

 

それは人間同士が見て、どんなに残酷なものでも(存在が認められていなければ存在できるわけがない)

 

だから我々はかわいい和子たち。

わこの「わ」は平和の「わ」、わっかの「わ」。

「こ」は個別の「こ」、こどもの「こ」。

一番簡単なのは「丸(まる)」。まるを書いたら「わこ」とよむ。

 

これをどうしても伝えたかったようだ。

(2014年10月収録 この記事は4年前に掲載した内容のリライトです)

 

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