神とは○○○である――生きることがどれほど大切か

これだけの世界人口ならば、私たちひとりに価値があるとは思いにくい。しかし、一人ひとりの人間に替えはおらず、いかに今日という毎日を生きれることが大切かを顧みたい。そう思わせられるメッセージである。

神はどこにでも「ある」

 

――今日の会の最後にもう一つくらい質問、Lさんいかがですか?

――「神は神と名乗らない」って言いますよね。

(神とは)話の中で、総合するとその答えはもう出ていると思うが…。

――そうですよね、空間が…。

神は、あなただ。

どうしたい? どう創造したい? どう作りたい? どう伝えたい?

――でも、神様を奉ったりしているじゃないですか。

それは奉りたいからだ。

――神はどこにでもあるとも言える?

どこにでもある。奉ろうと奉るまいと。

なぜなら、古代には石、岩、林、土地、水、目に見えるもの見えないものを奉り上げていたから。

だから「場所」が大事だった。ただし身体が弱いもの、その場に行けない者も現れた。

ゆえにその御霊(みたま)を移すというものでいろいろな小さき運べるものを作り始めた。

それが一つの事柄によって、ここにこういうものが祭られているという形になったんじゃないか?

――だから(神社も寺も)これ自体ではないですよね?

依り代だから。

人は見えるものを、それをもとに形作って祈りを捧げやすくなる。

見えない空間に祈るのは、難しい。

――だからそれでいいと言えばいいんですね。

そういうこと。だからどこにでもいるし、神様と名の付くものを閉じ込めることはできない。

ただし、神様と名のつけられたものが選んでそこに居ることはできる。居たいからいるんだよ。

そして未熟と呼ばれて、未熟と思っている者たちのそばに、じゃあ教えてあげるよっていう、専門職の神様が、教えているんじゃないかな。

お医者さんは患者がいなければお医者さんになれないんだ。

だから、あなたが決めればいい。

――なるほど。だから神社にお参りに行く人がいないと神社が廃れるんだ。

そう、エネルギーがなくなるから。装置だね。

だからどこに行ったら気持ちがいいのかって思ったらいいんじゃないかな。

それは神社と名のついているもの、寺と名のついているもの。ただの空間かもしれない。

気持ちのいいところに行けばいい。 

――神社ではなく、ただの岩とか、平原かもしれないってことですね?

昔のお方々はそういう感知能力が強かった。感覚。

だからそこを(神社や寺と)定めたりしたんじゃないかな。強すぎれば害にもなるから。

そういうエネルギーと名の付いたところというのは善も悪もないから。

強すぎれば、身体が、まあ、お風呂に入りすぎればのぼせるのと一緒で。良い悪いではなく。

 

さあ、答えは出そうかな?

――なんとなくわかります。

 

自分を生かす

 

だからこそ自分を生かすことは神様を生かすことだからとても重要。

地球にとってあなたがひとり、例えばいなくなるということはとっても大変なこと。

だからひとりひとりが 「生きる」ということが「どれほど大切な事柄か」自覚していただきたい。

そうすると人は自分を生かしたら、生かすことができるから。

――つながっているから?

そう。地球にとってとても重要だから。

あなたにしかできないんだ。 

あなたがいなくなったら、あなたができていた専門職は、他の人はできないんだ。

人というものであれば。

だからとても重要なんだ。

い、き、て、いることが。

感覚を感じることが。感じるということは動くということだ。

それは感情も含めて。すごく悲しくても、うれしくても、身体中、全神経中いっぱい使って、生き抜けばいい。

生き抜いて、移行した後も(=死後も)生きることは続くから。

 

自分にしかできないチャレンジ

 

そのチャレンジをしに(この世に)来ているわけだから。それを忘れないでほしい。

だから絶対的に手助けは入るし、絶対的に切れることはない。ずっと見られている。

くるまれているといったほうがいいかな。地球に。

大気は生きている、地球も生きてる。

――なるほどねえ。

――ハッキリ言いだしたね。ここまですごくはっきり言うって、私たちが育ったのかもしれないけど(笑)。

だから大事にしてほしい。

傷ついているときには一緒に泣いているし…。

誰一人、重要じゃない者は居ないから、奇跡だから!

――庭にスノードロップの白い小さな蕾が出てきたの。そういうもの一つ一つが神様なんだなあって…。 

そして、つながっている。

花のように、木のように、ただいるだけで他の人を和ませたり、何かを知りえるようなきっかけを作ったりをできているから、自分自身を持って欲しい。

――がんばらないとね。

頑張る必要はない。

――でも楽しみたいからね。

(この世には)楽しむために来た。

どれだけ楽しめるか、どんな部分においてもどれだけ楽しめるか。

病気になっても楽しめばいい。

だって、できないチャレンジ、できない事柄、自分の身に起きるということは「自分でできる」ということだ。

他者ではない。怪我したら観察できるでしょ。

――まあ、自分で抱えきれない苦難は来ないって、キリスト教だっけ?

来ないし、抱えきれないのって言ったら、空間に言ったら、必ず手助けは来る。

――え~、お願いします。 

だって(生まれる前に)約束したはずだから、忘れていても。

――何を約束してきたの? 

例えば悪い奴を演じるけれども、決して本当の自分を忘れないでね、って(この世に)来る者もいれば、いろんな経験をするけれども若干弱いところがあるから助けてほしい、といっぱい言うかもしれないという人もいるかもしれない。 

――いやあ、やっぱり死んでみないと…。面白いことがいっぱいありそうだねえ。

でも、向こう(=あの世)でそういうエネルギー体のときに、移行している状態のときにね、こっち(=現世)楽しそうだと来たのは、あなただ!

向こうに飽きたんだよね(笑)。

 

怒りは「買う」、笑顔は「振りまく」

 

――変化のない世界は絶対につまらないものねえ。

そして変化を起こし化学反応を起こせるのは、一人ひとり。

一人ひとりが違う化学的物質をもっているから、すりあえば化学反応が起こるでしょ?

――人との出会いってすごくおもしろいですよね。

おもしろいよね、笑顔には笑顔で返ってくるし、怒りには怒りで返ってくるでしょ。

それはおもしろいことだ。

だからおもしろいことに、怒りは「買う」というよね。

――確かに。でも怒りは買いたくないよねえ。

笑顔を買えばいい。

笑顔は買うとは言わないじゃない。

笑顔は「振りまく」っていうでしょ。

持っている者は持っていないと思い込んでいる者に気づかせて、ポッとあげれば豊かになる。

それがなんであれ。それを忘れないで楽しんでいけばいい。

だから、神社の中にも教会の中にも寺の中にもいるけど、その外には、もっといる(笑)。

そして(神が人を)「裁く」なんていう頭なんてない。

どう遊ぶはあるかもね。

 (2026年1月)

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