神様の姿

神様は、どんな姿なのだろう。形のあるものとして捉えないと存在を信じられないのかも知れない。だからキリストやブッダのような人間の姿の方が信じやすいのだろう。

神様は、姿になる必要がない

―人は見たいものしか見ない。UFOを見ても、本当は怖くて見れないので、あとから「私は見ていなかった」とみんな思ってしまうようだね。

人は見たいものしか見ないし、聞きたいことしか聞かない。

神様は自分を「(私は)神だ!」とは言わないっていうのは、神だと言うと、それで特定されてしまう(=固定されてしまう)。姿かたちが。

夢で見た時とかも、その人(=見ている人)がもっている印象を投影して、その人を脅かさないように、一番大事なことを全部教えるのではなく、伝えているのだから「神だ」という必要がない。

その人が神だと思えばそれでもいいし、守っている人だと思えば(=思ってくれれば)それでもいい。先祖さんだと思うかもしれない。伝えている本人(=神)はどうでもいい。

でも重要なことを伝えたいから伝えているだけであって、それが何か(=何者か)を知ろうと知るまいと存在自体は変わらない。その人がどうやったら自分自身を見つけ出せるかどうかなんだ。

すごくきれいで神様チックで神々しくて、神様だよ、って言っているのは裏ではムジナだったりする(笑)。神様じゃないから「神様だ」って言うんだ。

 

人を救えば救われる

―ところでこの会、ブログのタイトルを考えているんだけども・・・

「地球民」ってどう? 地球の民の語り話。太古の昔から蓄積されたお話や経験値をお勉強しているし、地球の中だからみんな同じ民だよね。役割とか、力とか形態が違うだけで。地球の民の語りとか。「たみ」とか。

―某H出版社の本だけは買っちゃいけないって思ったんだけど、また買っちゃった。誰々さんは地球を守っているリーダーで、アセンションは、とか、救われるにはとか、非常に古いパターンの内容で腹が立つくらいだった、もう絶対に買わないよ!

救われるのに一番の近道って教えてあげようか?

「人を救えばいい」

―確かに。

一人でも救えば救われるよ。真の意味でね。

―それは、すべては繋がっているし、一つだからね。あなたを救うことは私を救うことだから。

そう。そして救うということは決して立場が上でも下でもない。その人ができないことを自分ができるから、それを駆使して、適材適所でやった時に助けることができる。完璧に助けることができれば、アセンションでも何でもできるんじゃないの。ただし、私は完璧に助けている人物を見たことがない。手助けならあるけど。

―完璧に助けてしまうと、その人の経験にならないからね。

―今、ここで話していることが将来的に本になるかもの話だけど。本当に世に出る必要があれば出ることになるよね。

本当に世の中の人が見たいと思えば、今それがモノとして表れて妥当かどうかが判断基準となるけど。人間は欲しいの、欲しいのって言っても、いざそれが出てくると受け入れなかったりするから。裏腹すぎるからね。

(2015年7月収録 この記事は4年前に掲載した内容のリライトです)

 

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