熊本地震について(2/3)

作者 hyolee2 [CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0) または GFDL (http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html)], ウィキメディア・コモンズより

熊本地震についてのつづき

今の時代は濁流

―ちょっとトンデモな話。中央構造線の下の地下から刺激があるって書いてあるのをネットで見た。もしかして(地震には)地底人も関わっているの?

地底人は手助けしている。手助けを要請した。地下の赤鬼・青鬼、つまり青の民、赤の民は白の民と違う。赤の民は好戦的なので、どういう動きをしているか定かではない。 

―本当は何が起ころうとしているんだろう?

もう「促し」はほぼ終わっている。本チャンの少し前だ。

―え、まだ少し前なの。で、本チャンは何?

言えない。ただ、一つ言えるのは「未来に希望を持ってほしい」ということ。怒りを手放すということ。

(天災でも)良いこととか、悪いこととか、ジャンル分けをしないほうがいい。今起こっていることで、私が感じていることは何なのか。今なぜ、起こっているのか。良い悪いではなく。もっと言えばそこで何ができるのか、できないのか。その思考を持ってほしい。濁流に飲み込まれるのではなく。濁流の上で、サーフィンをする気持ちでいてほしい。

―何故、濁流になるのか。この濁流は何かな?

時代。例えば、武士の時代の前は和歌を詠むような良い時代で、その前は農耕民族の時代だったでしょ。ざっくり言えば。そこに至るまでの間に、時代の流れって来るよね。それがまた来るんだ。

―時代が変わるの?

変わるのではない。今の時代の古い道具が使えなくなるんだ。新しい道具を仕入れておかなければならない。人間たちは。

神々も、さっきの小さき神々も、新しき感情や思考、神々としての守り方などを入れておかなければならない。

その前には混沌が来る。今の時代、混沌が来るかもしれないという情報を知っている人が多いのはいいかもしれない。混沌だからこそ何でもできる時代。選択肢が増える。

 ―ずっと続いてきたなにがしかの時代がいよいよ新しいものに変わる。そして、ずっと言ってきた「新しく変わる」というのが目の前に来て、変わらざるを得ない。

それが濁流だよ。今回の地震も、自分が思う思い方ひとつによって周りや意識が変わるよね。そこの現場にいたとしても。それが如実に突きつけられるのが、こういう現場だよね。

 

どう行動するかは自分次第

―さっきも話していたんだけれど、3.11の時と違うのは、もういつ私たちが直面してもおかしくないという、逃れようがない、覚悟するしかないって。

しかないじゃなくて、覚悟して、何ができるのか見極めて動くか動かないか選択をする。前々から言っている、お勉強していることを実際にやる時期だということ。それは選択を自分でするということを、自分に許す、許可するということ。それは自覚をしなくてはいけない。その選択をしているのは、自分、選ばされているようで選んでいるのは、自分。どんな場面でも。それが人の手助けにもなるし、自分の手助けになる。

 ―怖い怖いといっておろおろするのか、しっかり現実を見てどうするのか。

怖いなりにも、「怖い」を認めながらやるのか。

―例えば、防災用品をそろえるとか、こうなった時にはどうすると考えるとか。

経験した人の話を聞くとかもできる。生活圏を守るより、生命を守ることを考えないと。当たり前のことなんかないんだよ、ということを突き付けられた経験はあるよね。

そして何一つ持っているもの(所有しているもの)は無い、ということ。ただし自分の意識や選ぶという選択肢を持っているということに気づくチャンスだ。それは誰も奪えないでしょ。自分の経験だから。強く持ってそれを他者と競い合うことなく手を取り合えるのは、日本の、大和の者の魂だと思うよ。その点では揺り動かされているといっても過言ではない。

忘れているかもしれないけど、あなたたちはそういう魂を持っているんだよっていうことだ。起きなさい、みたいな。大地が起きるだけでなく、人も起きなさいって。

そしてそれは悪いことではない。今起こっていることも、悪いことのように見えるかもしれないけれど、悪いことではない。視点を変えれば、なぜそこにいて、なぜその経験をしているのか。苦しい時ほど笑うってそういうことよ、

何もできないのではなく、必ずできることがあるから。

―今回、出雲へ行く流れは明らかに何か見えない力が働かないとなかったと思う。もうとてもハッキリそう思えるので不思議でしょうがない。

そういう時には抵抗するのではなく、自分自身を信じ「抜いて」行動する。信じ抜くことが難しいらしい、人間は。

―そんなこと言っている場合ではなく、そうしなきゃって流れだった。

そう、言えない状況だったでしょ。なぜ、この状況まで来てしまったのか、だ。

―そうなんだよねえ。

その前にも、みなわれわれも、能力者も言ってきた。

―おしりに火がつかないと人って動かないっていう典型だね。もう火が付き過ぎているかも。

いや、まだそこまでではない。

―(ここで)言える範囲はそこまでぐらいだよね。何か他にはありますか?

今でも、「祈り」は有効だから。

向こう(熊本)に入っている能力者が56人います。もちろん身体を持って行っています。でも身体は置いておいて、身体を抜けてつぶれた家の下敷きになっている人を励まして命を助けたり、雨が降って匂いが消えてしまっているところで、こっちだと犬に教えたり、海の下のマグマや海流が変わってしまっているから、それを抑えるのではなく、分散させているのが二人いるかな。

―実は今、地球上でエクアドルだけでなく、環太平洋地域で地震や火山の噴火があちこちある。

海底で小さい島がまだ海面には出ていないけど、隆起しているところもあるし。とにかくガス抜きしなきゃ。

西ノ島の噴火が止まっちゃったからね。あれはもうちょっと行くと思ったんだけどねえ。残念でしょうがない。人に任せるしかない。このジレンマがあるんですよ。あそこで(噴火が)止まるのは人の思いとかがある。刷り込まれた思い込みがある。

テレビなどはツールにはなるんだけれど、肝心なところは言わない。ちゃんとしたことを言っても切り取ると意味が変わってしまう、そういうことをするんですよ。

続く

 

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