古古神の話と、祟りとは?(2)

土地に対する祈り、感謝が大事であるという話の続きから「祟(たた)り」の話題へ。汚染や資源といった環境問題や、自然への感謝をなくしたわれわれ人間が、天災を「祟り」だと捉えることもあるが、そうではないようだ。

(自然への祈り、感謝は)とても重要なことなんだ。

―こういうのって祟りというか、そういう感じなんですか?

「祟り」ってどうして起こるか知ってる?

人が認識しないと祟りって起きないんだよ。罪悪感。

―神様ではなくて自分たちのほうなんだ。

自分たちの罪悪感があると何かにつなげるんだ。

―私たちの中でも、自然にひどいことしているなあと思っているから祟りかなあと思うんだ。

自分たちの中でできる事柄があればやってほしいし、伝えてほしい。自然には、人間が憎いから、なんて思いは全くないから。人は人同士であるかもしれないけど、憎いってないから。その代わり神様、我慢はしないから伝えるよ。

 

―日本で「怨霊(おんりょう)」って言われているのは、酷いことをした方が怖れているから何かと結び付けて、怖れて祭るんだ。

人間が人間にすることのほうが恐ろしい、神様は「ハア? なにそれ」って感じ。そんなものには関わらない。でも、神様は我慢をしない。それに憎いもないし、苦しめてやろうもない。

罪悪感はいらない。やってしまったことを後悔して罪悪感をもつのではなく、それを反省してこれからどうしようかを考えること。罪悪感は過去にじっとしているだけ。前に進まないし、周りも枯らしてしまう。

罪悪感は全く必要ない。それにとらわれるくらいなら半歩でも一歩でもプラスの何かできること、何か動けることを考えたほうがまし!

人が罪悪感を手放したときにすごく動きが滑らかになると思うんだ。楽しいことが8個あって苦しいことが2つあっても苦しいことに集中するから。でも、それを選択しているのは自分でしょってこと。

―マイクロプラスティックがもう水道水にまで入っているという話。魚にも入っているし。日本はプラスティックの使用量がすごい。

自分で自分の首を絞めているんだ。さて、それを見ている大神さんたち、守っている大神さんたちの気持ちはどうでしょうねえ。ということだよね。(2018年9月)

 

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