伊勢神宮と三種の神器にまつわる話(2)

「伊勢神宮と三種の神器にまつわる話(1)」の続き

―三種の神器は古来から飾り物として、または象徴としてあると思っている。けれど、「アメリカの爆撃を避(よ)けてしまう神」と言ってしまうとそれまでで、そうではなく、高度な地球ではない文明のものなんじゃないかな? 昔から理解できないものはみんな神様にしていたように。今の感覚でいうとなにがしかのエネルギー装置みたいなものがあるのではないかな?

うん、ある。今のコンピューターをも凌駕するものでしょ。今現在作れないものがここにあるんじゃない。そしてここだけじゃない。日本にはありますよ。

―鏡だったり、剣だったり、ですか?

それは象徴的な名前であって。例えば鏡は映す(もの)と思うじゃない、鏡ではなく「加我見」。その漢字と発音だと違うものになるでしょ。それがいろいろなところにあるのは選ばれた場所ではなく、使いこなせる者のいる場所にある。使いこなす記憶を保持している者たちがいる、という話をしないといけないんだ。

―そうだね。熱田神宮でも終戦末期に調伏に使おうとして草なぎの剣の箱を開けようとした神官が青い炎に焼かれて亡くなったという噂がある。

その時に熱田神宮のご神体はレプリカに変えられたんだ。それは禁忌(きんき)を破ったから結界(けっかい)も破れた。禁忌を破ったということは約束事を破ったということ。レプリカでも作る者が作れば、十分神気の力はあるんだよ。思いの深さがどれだけあるかだから。

―そうだとすると神事といわれている宗教的行事が連綿と続いてきているのはその意識エネルギーがそのもの(=神器)に関わりがあるのかな?

とてもある。なぜ鏡と名前がつくのか。剣も光物だし、勾玉も光るものだ。なぜ光物の名前がつくのか。光るからだよ。

―ちょっと確認しておきたかったのは、神事といわれるものは古臭くて何のためにやっているのかわからないのに、よくやっているよねって思うけど、実はそこで起きる意識エネルギーがその神器にとって大事なものではないかと。

だから前に言ったじゃない。なぜ外国の人たちがこの国の意識が一心一体になるのを嫌うのか、目覚めることを嫌うのか。例えばお寺と神社を別々にした、侍スピリットをことごとく壊したのはなぜなのかを考えれば単純にわかると思うが…。

―今日読み返した本のあるところに「アメリカが日本を怖がる」と書いてあったが、なんでだろうねと言っていた。

アメリカはその意識が使えない。いろんな種族がごった煮のように集まったので一心になりにくいよね。日本はいろんな種族が集まった国ではあるけれど、なあなあであった。灰色が。取り入れたらいいものを吸収して自分たちのものにしてしまうという特色があった。その特色が生まれたのは最初のうちはエネルギーの使い方をみんな知っていたのではないのかな。今は忘れ去られているけど。それが壊されたのは幕末・明治のころだよ。そして今もそれは有効だということだ。

―この話は私にとっては究極で、いろいろ傍証もある。なんで火星由来かというと火星には仁徳天皇陵と同じ前方後円墳の形がある。写真もあるらしい。

あるね。ただしNASAは認めていない(笑) 月の裏側の写真を見せれば一目瞭然なんだけどね。

―スフィンクスの中を開けると現代文明では考えられないような装置があるとか。

スフィンクスは二対あって、もう一つの右足の下のところに扉があって、そこの下にある。まだあるかどうかわからないよ。触れられる者は限られている。触れられる者は日本人の血を持たないと駄目なんだ。そして封印するのは二人一組じゃないとだめなんだ。(続く)

 

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