手当ては「治った」と先に思う
自分が気落ちしているときは、人に手当てをしてもらえばいい。
本当に手を当ててもらう。
――どこでもいいの?
どこでもいい。
――自分でやってもダメなんですよね? 自分が気落ちしているんだから~。
――自分だと調節しちゃうんですよ。人にやってもらうと自分で緩くしちゃったりしないから逆に効くの。
だから人が気落ちしているときに手当てができる。
文字通り、手を当てる。
エネルギーも、自分の中のいろいろな思いも含めて、その人は一生懸命身体が治そうとしているのだから、治れではなくて、治ったと思って手を当てる。
――治った、と思ってですか?
――気持ちとしてなんとなく手を当てたくなることはありますね。
そうしたら、自分にも、相手がいるとしたら相手にもやるといい。1番効く。
――でも日本人はなかなか触ったりしないですよね? 握手したり触ったり障ったりは苦手ですよね?
――でも家族同士とかならいいかもね。
まあ、家族同士、最初はね、やってみたらいい。
いろいろなやり方、「痛いの痛いの飛んでいけ~」は本当に飛んでいくから。
――(笑)
だから、あいつのもとに飛んでいけ~はやめたほうがいい(笑)
戻ってくるから(笑)
――ちょっと一回実験しようか、あなたのところに飛んでいけ~って(笑)
速攻戻す(=やり返す)!
だからそれが一番肝心。
例えばお風呂に入ります、体が温まります、その時に自分で撫でます。これも手当。
だから無意識に痛いところに手を当ててる。
人はここ(手のひら)の細胞も生きています。細胞が知ってるの。
――手のひらの真ん中に「労宮」っていうツボがあって、気が出るっていうの。
これは一番早く、お金もかからず、なおかつ落ち着くやり方。誰でもできる。
細胞も身体も宇宙
――やっぱり人体は不思議。
細胞が生きているから。
細胞を活性化するためには何をすればいいのか。
細胞はワクワクすることがとても好き。
――自分を治したければ人を治す。
治っちゃうんだな、面白いことに。
同化するのではなくて気を合わせるということ。
――人のをもらっちゃうこともあるよね。
そういう時はもらわないよ。治った、もしくは治したいと思った時にその気が動くから。
――いい関係性の人とやればいいんだ。
そう。そして絶対にやらないほうがいいことの取ろうと思うこと。痛みを取ろうとか…。
――取ってあげようと思うともらっちゃうんだね。
そう。そうではなくて、この痛みは緩和するぞ、と。
そうすると細胞がそういうように動くから。細胞は生きているわけだから。
人間の身体は宇宙だからね。
ツボっていうのはみんな知っているよね。これは気の分岐点だから。
――だから体に効くんだね。足の三里(ツボ)を押すと胃腸にいいとか…。
――お灸は三里にしますよね。
例えば足がおかしかったら、腕を温めると、足が緩和するよ。
――どうして?
バランスをとるから。
――わからなかったら、お風呂に入ればいいんだ(笑)。
温めるのが一番だから。
例えば左足がおかしかったら、右の肩がおかしくなる。それは引っ張られるから。対称だから。
――バランスをとって自分で立つって本当に難しい。その時によって全然バランスが違う。身体は面白いね。
(2023年4月)
祓いにもなる水
日光を浴びる
(これからは)天気もとても重要なので、よく観察していたほうがいい。地球規模で変わって言っているので、特に日光。
――日に当たれって繰り返し言ってるよね。
身体の中の免疫が変わるので、とても重要になる。
水が祓いにもなる
それから水。飲む水だけでなく、触る、使う、浴びる、水。
とても重要だからね。
――どういうこと?
身体が敏感になるんです。直観力を使うようになると。水は媒介になりやすいんです。
――水をいっぱいとるほうが感覚が鋭くなるっていうのかな?
媒介になるっていうのは身体を持ってない者たちもそれをしているけれども、そうではなくて、例えば、浸透しやすいの。自分の想いを。
――水に乗るのね。
文字通り、自分の中のモヤモヤしたもの、人からもらってしまったもの(いやな思いや念)が流せる。
――具体的にはどうしたらいいんですか?
シャワーを浴びるの。
――よく言うよね、頭の上から水で流すイメージをしてシャワーを浴びる。
シャワーを浴びる時には35、36、37度くらいのお湯。
――最悪は塩を使えっていうよね。
今後は塩もできるんだけれども、塩よりも純粋な水のほうがいい。
――じゃあ、やっぱりお風呂でシャワーを浴びながら流すイメージがいいんだね。
そうすると、人からもらったものは確実に流れていくので、ふっとしたときに直感が言うんですよ。これは人のものだった、自分では解決できないものだった、置いておこう。本当にこれはとらないでいいものだったと、文字通り、わかるんです。
「わかる」ということが重要。
それぞれの経験の中で、わかる、ということ。
これは自分のものなのか、とってしまったものなのか、人の意識に引きずられたものなのか。
これは「差別」ではなく、「区別」です。
(2021年6月)
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