清しい場所を思い出す
イメージとして、例えば 清(すが)しい場所に言った時、それは神社だろうと自然の中だろうと、自分にとって清しい場所に言った時、感覚の再現をするといいよ、今後は。
――思い出すということ?
思い出すと、(今いる)場所がその場所になる。
ありありと。
そしたら、空間が移動してきてくれる。
エネルギーが循環してきてくれる。これは「つながる」ということ。
そして、疫病(えやみ)も、憂いも、そこに預ければいい。
転換してちゃんと自分にとって必要なエネルギーとして返してくれるよ。
――それをちゃんとやったらすごいね。
やって!
――はい(笑)! 今日の(降りてきたエネルギーの)人、好きかも。
これはお金も時間も、労働力も一切要らない。
そして自分が清しくなること。
もともと何も持っておらず、そのまんまで愛されるべき存在だから。
――人だと、思い出すことはあるけれど、場所だとあまりないですね。
だから縁を強くするの、好きなところとか。
――その場所に行って、「はあ~」って気持ちを開放するような、場所を味わうような時間をゆっくり取るといいかも。ここきれいねえ、で終わらないで。
それは近所の喫茶店でも、自分が落ち着く場所。
――音があってもいいの?
もちろん。自分が清しければ。落ち着けば。そこが聖域。
あっちがいい、こっちがいいという情報もあるけれども、合わない人もいるし。特に今は。
――いいと思ってたところでも、分杭峠みたいにダメになっちゃったところもあるしね。
人の念はそういうところに落ちているでしょ。
そういう思いで行くと、類は友を呼んでしまう。拾わないようにね。
それはいい悪いではなくてね。不完全で、不器用で、いいんだから。
やり方と、時間の観念の問題でしょ。
(2022年11月)
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