一人ひとりがヒーロー
――ひとりのヒーローが社会を救うのではない、ってこの間から言ってるよね?
みんながひとりひとり、誰かのヒーロー。
それでいいんだよ。
ただその時に(そのことを)自覚するかどうか。
――わかった! ヒーロー、ヒロインね。
だから自分はこういうヒーローだよ、これが得意だよって。
適材適所。
これは不得意だから、あなたがやって、ヒーロー。それでいい。
そして悪が一人もいないんだよ。敵がいないの。
みんなヒーローだから。
――え?
適材適所だから。
誰かを倒すわけではない。
――そうなればいいなってことでしょ。適材適所となればね。そういう社会になればね。
その社会を目指しているの。
促しているの。
――なるほど。促されている人と、まだ促されきれない人と、極端に抵抗している人と…。
だから言っている。
(この流れに抵抗する社会、人に)合わせる必要はない。
ここで何人が脱落するだろうねえ。
――(笑)。ちょっと待って。成績表をもらうみたいな言い方しないで。何点以下は落第って。
フフフ。地球にとって、良い方向に行かなくては。
――そうなんだよね。でもそれは人類にとっていい方向かはわからないよね。
人類にとってもいい方向だよ。穏やかだから。
でも穏やかだと、そうではないと思う人材もいるわけだ。
その人材には違うところに行ってもらってもいいんじゃないの。
じしん(自身)を持とう
――ところで先日、このブログで掲載した絵、すごいインパクトがあった。絵にメッセージがあるんですよ。何を言っているかは、よくわからないけど。
そう、今日話している議題を受け取れなければ、ここにはいないんだ。
――今日はそういうメッセージを受け取れっていうことだね。
そしてもう使っていいよってこと。
自身をもちなさい、「じしん」というのは自分自身のこと。
でもとても、これから先も、重要だよ。
そのモノを、見る、例えば他の物を見る時に、それ(自分自身)を基本にしながら見るとまた違って見えるでしょ。
それは国、とか、その人、とか、物、とかそういう部分で違って見えるはずだ。
――見方が違うということですよね?
哲学的な内容であるが、テーマはいつもの通り「認識」についてが中心である。「われわれさん」より逆質問から始まる。私たちはすぐに「一般的には」と考えるが、受容できること、認識すること、判断すること、行動すること、何もかもすべて人それぞれで違って[…]
正義は人それぞれ
何の意図があるんだ? ってなるでしょ。
それはジャッジメントではない。もうジャッジメントはいらない。
――だって、良いとか悪いとかつけられなくなってきたからね。
その人にとっては正義でも、他の人にとって正義とは言えない。
これを信じ切れない人がなんて多いことか。
自分の正義は心地よいから。
だから自分の正義を振り回している人は、実は一番不安なんだっていうことを、その視点を持って見てあげればいい。
――それはね、昔からそう思ってたんだ!
でもそれを、扱いきれないでしょ。
――そうですね。でも、そういう人に「あんた不安なんでしょ」なんて言ったら大変なことになるからね。
いや、引けばいい。
あなたの正義ではそうなのねって言った時に、では私の正義は? ってなるでしょ。
でもそれを見たくないわけ。
――まあ、聞かないだろうね。
だから、それはあなたの正義なのねって。
――一緒くたにして、白黒つけたがるんですよね。
だからその人たちの言い分っていうのは、あの人たちはああ言った、みんなはこう言っている。
それはジャッジメントだと思えばいいだけ。
――自分がそれに、乗っからない、乗っからないというか、はあ? って思って終わりだね。
そうすると、そう言う人達っていうのは敏感に感じるから、スっと消える。
それを追わない。
――なんか、どこぞの新興宗教に似ている…。
それも変わっていくよね、バレてきたから。
――すごくわかりやすい例だったじゃないですか、脳みそを相手に渡すってことの。宗教に入ってなくても普段僕らはやってしまうことだから。
(2023年7月)
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