他人はわからない
これから、基本、人の心はわからないという思いで動いた方がいい。
人同士、人はわからない。
わかりたいと思うのか、わからせたいと思うのか。そのどちらかなのか、どちらもなのか。
これは如実に今後、人の流れの中で出てくる。
――もうすっかり出てるじゃない!
ただし、それを知らない人は「わかってよ」ってくるから。
――そうですね。
でもそれ(=その人は)は、相手をわかろうとはしない。だからそこの部分ではわからなくて当たり前。
わかってよというのは、わからないという前提があるからその言葉が出るわけ。
そういう部分で冷静にわからなくて当たり前、わからない中でもほんの少しでも感覚がわかったような感じがあれば、万々歳。
それをわかり得たいと思うのか、わかんないでもいいやと思うのか、わかってほしいと思うのか。
今後いろんな人と関わりの中、これは仕事、プライベート、いろんな中で出てくる問題、出てくる問題ではないもの、があるから、それは人を見たほうがいい。
グループも含めて。
戦争が典型的で、私たちの目には「悪」と映ることも、当の本人は本気で「正義、善意」だと思っていることがある。その反対もある。物事を俯瞰してみるときにも、このことは肝に銘じておくべきだろう。メッセージでは寛容さを失わぬように、とある。[[…]
押しつける人
相手はわかってほしい、わかってくれるはず、私がこう考えているから、周りもこう考えるはずってなるけど、違うんだよっていう部分はあきらめずに押しつけずに説明をする。
――それはすごく難しいよ。
自分はこうだよ、って言うだけでいい。
自分はこうだよ、でも知り得たいとは思っているよ。
――仕事上なら、言いやすいね。ビジネスなら。
そういう部分(=仕事での割り切った付き合い方)を持っているというのは今後強みになる、どこにいたとしても。
――逆にそういう人との方がお仕事やりやすい。
だから(人と人とは考え方によって)分かれていくと思うんだ。
――仕事のお付き合いの方が楽ですよ、友人や知人とワクチンについて話す方が全然難しい…。
――そうだよねえ、難しい。もう変わらないのはわかるから仕方ないけど、そういう人の話を聞くと、苦しい。
そういう時には、その話はなし、と言って遠ざけるのではないけど、その話はごめんね、お互いに入り込むのはよそうって言う。私はそうしている。
――もう、そうしてもいいですね。
効く耳のない人に、押し付けているから、お互い無駄。
人間は面白いことに押し付けているという感覚がない。およそ押し付ける人ってね。
(2022年7月)
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