私たちは生前に場所、両親、時代を選んでから生まれてきているという。個人的にはこのことは納得が行く。しかし、現代のジェノサイドの現場であるガザ地区のアラブ人たちにも同じことが言えるのだとすれば、あまりに酷である。かなりセンシティブな表現となる[…]
「(北朝鮮や戦火の地域などで人生を送るのは)自由度が低いからこそ、自由に憧れを持つんじゃないかい。それもお勉強だ。決してかわいそうではない。全ては経験なんだ。北朝鮮に生まれたとしても、経験なのか?ー)今、「北朝鮮」といってるだけでしょ、その土地に生まれたら、その土地の経験がある。なぜならその土地に生まれないとその経験ができない。」
――今、お話をされている方の高い視点から見るとそうといえるかもしれないですね。
――シリア難民とかは? 人生でそういう経験がしたかったのかな?
その経験にとって、そういうものが来たとき…、その経験を選ばなかった人たちはその視点から、この人たちに何をもって、もしこの人たちに関わるのであるならば、どう動くのか、動かないのか。
それは人類(人類を強調)の経験になるのではないかな?
寛容と閉鎖的なものと。
――そこまでいくと、私は一人、この世界に一人しかいない、すべては私っていう世界になってくるんだね。
そうです。でもそこまで行くにはまだまだ。
だからすべてを持っているんだよ。
そしてすべてを持ってないのだよ。
――すべてを持っていないことにしないとすべてを持っているところにたどり着けないかもしれないね。
だからそれぞれの「経験」を今後は自覚しながら、「今、これを経験しているんだ、楽しいな。楽しくないのはなんでだろう、あ、ここがひっかかっているんだ」という形で見つめてみてもいいかもしれない。
それはほかの見つめている人たちから質問があったり、相談があったりしたときに伝えられるかもしれない。
――そう言ってみるとこのコロナで、それぞれ自粛の仕方も違うし、することも違ってきているし、もうレッスン1とか2だね。
そうだね。
おうちの中にとどまっているときに、楽しくとどまるのか?
苦しい、ととどまるのか?
誰かのせいにするのか?
――自分を見つめ直していますよね。本当に必要なものは何かとか。いらないものはいらないとか。
自分の殻に閉じこもるのか。
―そうするとすべてコロナが悪いってコロナのせいにし、政府が悪いって政府のせいにし…。
それを選択することすら自由だからね。
そして今、この地にいて、生きているということがすべての答えだ。
愛されている無条件で。
――そうでなかったら生まれてこれないし…。
今ここに存在するということは、どんなものであれ、愛されているんだ。
それは無条件で。条件なんかない。そこにいるから。
それを忘れなければいい。
――「われわれさん」はこの状況をどう見ているんだろうね。
ドキドキしながら見ていたり、ふっとあきれながら見ていたり。
でも楽しそうだなとお勉強していたり。
―今だからさらに、人類と「われわれさん」の立ち位置を知りたいと思うな。
昔は「われわれ」も人類であった。
―じゃあ私たちもそのうち「われわれさん」になれるかもしれないのかな?
なりたければ。
(2021年1月)
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