自分探し(その1)

人生の目的を見つけるために「自分探し」という表現をよく目にするが、そもそも自分はそこにいるのであって、見つけに行くようなものはない。そんなことより、自分がそうしたいと思ったときに、信じて行動できるかどうか、そうしたことが大切だと教えてくれる。(2014年11月)

あなたがたが行動をしようと思った時が、その時だ、と思うことだ。一分一秒違えずにその時が来たと思うべきだ。その瞬間自分自身の感覚を100%信じることができるよ。

―逆に100%自分自身の感覚を信じることができないと、その時、動きにくいよね?

その時はすべての人に平等に訪れる。一分一秒違えることはない。だから全ての人は完璧だ。

―だとしたら「私なんか・・・」とか、迷っちゃう、とか言ったらもったいないか。

回り道をしたい人もいる。経験をするために。ホントはそれを恐れていて、そこに辿り着きたくないのに過程の旅をしたいので追い求める人は多いよね。

―厭味ったらしい言い方だね(笑)

今までの人はそういう人が多かった。でもこれから出てきている(=生まれてきている)人たちは本当に自分自身を知りたいという人、理(ことわり)を垣間見たいという人が多くなったように見える。

―先ほどの解説をすると、すごいものを追い求めている自分がいいと思っている人たち、でも最終的に行きつくのは自分自身を見なきゃいけないところなんだけど、それは怖いから逃げている人たちだ。

本当は辿り着きたくないんだ。だから言い訳をしたり、そことはちがう答えをもとめて、その違う答えを言ってくれる科学者とか、大学の先生とかそういう人たちのところへ行くんだ。

―自分探しをし続ける。

「自分探し」といった時点で自分がいないんだよね。そういう人にあなたはそこにいるでしょ、というと、その言葉は聞き逃すんだ。 

そこにそのままあることが真実なのに、その場所にいてもいないと思い込んでいるので、行動しているのは自分なのに、歩いているのは自分なのに、こちらにいると思えば行き、あちらにいると思えば行く。でもいないから永遠に続く。その旅自体はおもしろいんだ。でも、答えを知ってしまえば旅が終わると思い込んでいる自分がいるんだ。新たな旅が始まるだけなんだけど。

―ふらふらしているのを自分探しの旅と言ったらカッコいいしね。

自分探しをしている人に赤ちゃんをみせてあげるといい。赤ちゃんはただそこにいるから。でも、それでも耳を通り抜けるんだろうけどね。

自分の見たいものしか見ないし、聞きたいことしか聞かないから。でもそれが難しい世の中になってきている。人間はそういう人であろうと、どんな形であろうと好奇心を止めることはできないよ。

 

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