自分探し(その2)

―自分自身を探す、というのも好奇心?

反面、自分ではない自分になりたいというヒーロー願望だろう。正当に評価されていないと思い込んでいる。正当に評価できる人がいるのだろうか。自分自身を正当に評価できないのに、人が正当に評価できるわけがない。

どういうレベルの評価が欲しいか。弱さとか、果敢なさとか、穢れとか、清らかさとかを自分自身の中で厳しく選別している方はおられる。でも往々にしてそういう人は謙虚だ。

―条件付きだったら、評価できる。もしこうだったら、自分を認められるとか。

だから、そうなれないと絶望する。絶望は希望の種だけどね。

―ここ三年で変わっていくというのは皆感じている。その前にこういう勉強ができるというのはいいね。今の若い人でもレベルの高い人もいる。そういう人の言うことを謙虚に聞きたい。

どこを持って大人とするかを今一度検討するといい。昔は働き出したら、半人前とか、でも大人とみられる。

―自分自身で選択ができ、責任を持てるのが大人…だとしたいね。

(大人か子供かは)自分の中の一つの選択肢を見るためのものとして、考えてみると見やすい。選択するときに大人とか子供とか。働かざる者食うべからず。自立できないでいる人は前からいたが、それが見えてきたから、考えてみるといいよ。

―昔は書生さんとかいて、結構よかった。ある程度社会が認めていたのかな?仕事を辞めて何もしないでいることが不安だという人がいる。所属がないと不安なんだ。

どこに自分をおくのか、自分のアイデンティティーは。定年退職をした人がその後迷ってしまう。仕事を本当の意味で一生懸命やっていた人はすんなりと行くんではないだろうか。仕事を逃げ道、口実にしていた人は苦しいだろうね。

今の男の人は暇を遊ぶことを知らない。

―定年退職後が長い。その人たちはある意味「資源」。今この会で勉強していることはそういう人に入っていかないかな。

やっている人はいる。若い人でも入っていく人はいる。

 

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