こだわり(1)

テロや、暴走する国家の話題、そして地震や竜巻などの天災のニュースなど、毎日、私たちに飛び込んでくるものは不安なものばかりだが、私たちはどういう気持ちでこうした世情に向かいあっていけばいいのだろうか。(2016年1月)

―年明け(2016年)から、北朝鮮の水爆実験、異常気象、毎日のように起こるテロのニュースなど、どうしたらいいのかわからない、という話から始まった。

こだわらない。こだわるとそれに引っ張られて一緒に落ちてしまうよ。見方としたら。こだわらないで、それを認める。何にしてもこだわらないのが一番だ。 

その中からでも楽しさ、気高さ、を自分なりに探してみるのもいい。自分がどう感じてどう動いて、という、選択は自分にあるのだから。こだわるのも自分自身だって思った方がいいよ。「なんでこだわるのか」というところにフォーカスすると、そこには引っ張られなくなるから。それは学びになる。ただし、なんだろうなんだろうとそこに集中すると引っ張られてしまうよ。

―(ニュースや世間に)こだわらないで、影響されないで、自分の中心から見ていくように、とずっと言われていることだけど・・・。

それは理想論だけどね。こだわってしまったとしても、こだわったと気づけばいい。どうしたって人間なんだから感情で動いたり、状況で動いたりするからね。

―そうなんだけど、もう周りの状況がそこだけで自分を支えていくには限度を越している気がする。

それもできてないのに?(=こだわらない、ということもできていないのに?)

―まあ、そこではなくてね。それ一本で支えるには荷が重くなっている。それで支えていけるのならいいけど。

いや、それ一本ではない。それをやることで、いろいろな出来事の見方、感覚、行動が変わって、違う角度から見られるようになる。そうすれば道具もそろいやすくなるよ。(続く)

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