感情・エネルギーのコントロール

他人に対していろんな感情を抱いたり、そうした感情をどう発散していいものか、と思ってしまうことが誰しもあるだろう。ただそうしたときにどう自分が行動するか、それを経験して学ぶために生まれてきたとも言える。(2015年7月)

感情のコントロール

いいエネルギーの使い方は、どこでもいいから「どうかみんなが無事であるように」とか「地球が一日無事にあるように」とか(思うこと)。その思いは小さいけれど連鎖したら「軌跡」ができる。それは自分たちで決めた意識や祈りだから。マガモノ(=魔物)を作るんではなく、そういう使い方ができるよ。

感情に振り回されるのではなく、その感情を見ている自分を意識する。感情に飲み込まれてもいいから、一瞬でも、あ、私怒っているんだなって思うと違うよ。

怒っているけど、この感情はなんとかならないかなー、無理かなーって。

そう思うだけでなんとかなるかもしれない。この人に怒っているつもりなんだけど、第三者に行くことがある。ほんとはこの人に怒りたいのに怒れないから、違う人に行く。そうだと根本的には解決しない。

 

人と全部はわかりあえない

近いからわかりあえるというのは幻想だ。遠いから分かり合えるというのもあるかもしれない。全部はわからない。お互いに全部はわからないと認識したほうがいいね。 

何度も言っているように同じものを見ていても見ているものは人によって違うから。

―「われわれさん」は人間がいろんな感情をどういうふうにコントロールし、行動するかっていうことに興味があるんですか?

興味があるし観察して楽しんでいる。それで勉強になることもあるし、これ伝えたい、伝えちゃおう、とか。

 ー人間にとって感情のコントロールって結構大事。

だってそれを試すために生まれてきたんでしょ。

―私がこんな感情をもっているんだから、あなたももちろん同じ感情を持っているでしょっ、ていうのが大きな間違いだってわかった。同じ感情を持っているのでは、と錯覚してしまうことが多い。

その時に、私は違うよっていうよ。

―この人は微妙で、人の気持ちを読むことができると思っているから、きっと私の気持ちを読んで全部わかってくれているはずだと思うと、そうでもない(笑)

それは無理、無理。ふだんは絶対的にシャットアウトしている。それをやったら無礼でしょ。人は誰にも言わないことがひとつはあるし、それによって成長する。大事なものだから。理解はできる。理解できるのと心底知るのとは違うんだ。

知ることができるということはありえない。もしできるということなら、一つの形代(かたしろ)として生まれてくる。個別になる必要がないんだ。

 

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open your heart

これからの時代のさきがけとして、特別な能力だと思うような子どもが生まれてくるという。われわれは、生き方、考え方を含めて、もっともっと柔軟でありたいと思う。(2014年6月)

―この会が続いていることで(生き方として)定着してきていることがある。

人はやり方を知ると試してみたくなる。楽しいと思うよ。それぞれの経験を持ち寄ってみたら。今が大事だと思うと、忘れてもふと思い出すよ。

どうするか悩んだら、それは愛で動くならどうかを考えると間違えない。わからなかったら、かわいいお花でも見てください。

「選択をしない」という選択。「どっちもあるよ」という選択。偏らない、中道という選択もある。必ず何かが変わる、何かが目覚める。

―さきがけとして(特別に見える能力を持った子が)生まれているというけれど、これから同じようにメッセージを伝えるような子が生まれてくるのかな。

私はさきがけとして、その子たちが伝えやすいように道を作る。そして、そういう子は一秒も狂いのないタイミングで生まれてくる。

(そういう子は)もともと聞く能力に長けている。(大人に)質問してくると思う。大人は驚かないで、人間として対応してあげると。大人は経験があるんだ、ということを伝えればいい。子供の経験も認める。特別扱いをしないほうがいいし、彼らはそれを求めていない。特別扱いの好きな大人を見て一蹴するだろう。

さきがけはあまり表に出ない。表に出たがる人は逆に本物ではない。生きているときにいかに自分をしっかり持つかは大事。そうでなければ(自分を持っていない人は)、ぼんやり見える(=存在が薄い)

死んだ人が見えると、お葬式でまだ死んだかどうかわからないでいる故人が見えるものだよ。

―(死んだ人が見えるので)お葬式での面白い話がある。故人に頭をはたかれたお坊さんが、自分のお経の読んでる場所がわからなくなり、慌ててたんだ(笑)

死んだら素になる。そして人の内面も見えてしまう。死んだら後の祭り、生きているときにする。泥水啜っていても生きているうちにしかできない。

亡くなった方には香りのあるものをあげるといい。そうすると思いが届く。思いはこちらにも返ってくる。一方通行ということはない。

今日「われわれさん」から伝えられたメッセージは「open your heart」だ。

それをしていくと自分の好き嫌い、どうしてもこっち、これはとれない(=選択できない)、というのがはっきりしてくる。

楽しいのに疲れるとか、ふっとしたときに脱力感があったりしたら、あれあれ?と周りを見ると、あ、この人(のせい)だとわかることがある。

―自分がホントにこの人と話していることが楽しいのか、(無理に)合わせているのか、とか。

確実に自覚して人のエネルギーを取る人もいる。そういう人に対抗するのはこちらも、あ~そうですかあ~(=エネルギーを吸い取る人だ)、と自覚してこちらもバリアーを張ること。聞き流すこともしない。存在だけを認めるだけ。

エネルギーを吸い取る人は悪口、陰口、自分のことだけを言う。本人はスッキリする。そういうときは「あなたはそう思っているのね、で??(=それがどうしたの?)」って(言えばいいんだ)

 

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自分探し(その2)

―自分自身を探す、というのも好奇心?

反面、自分ではない自分になりたいというヒーロー願望だろう。正当に評価されていないと思い込んでいる。正当に評価できる人がいるのだろうか。自分自身を正当に評価できないのに、人が正当に評価できるわけがない。

どういうレベルの評価が欲しいか。弱さとか、果敢なさとか、穢れとか、清らかさとかを自分自身の中で厳しく選別している方はおられる。でも往々にしてそういう人は謙虚だ。

―条件付きだったら、評価できる。もしこうだったら、自分を認められるとか。

だから、そうなれないと絶望する。絶望は希望の種だけどね。

―ここ三年で変わっていくというのは皆感じている。その前にこういう勉強ができるというのはいいね。今の若い人でもレベルの高い人もいる。そういう人の言うことを謙虚に聞きたい。

どこを持って大人とするかを今一度検討するといい。昔は働き出したら、半人前とか、でも大人とみられる。

―自分自身で選択ができ、責任を持てるのが大人…だとしたいね。

(大人か子供かは)自分の中の一つの選択肢を見るためのものとして、考えてみると見やすい。選択するときに大人とか子供とか。働かざる者食うべからず。自立できないでいる人は前からいたが、それが見えてきたから、考えてみるといいよ。

―昔は書生さんとかいて、結構よかった。ある程度社会が認めていたのかな?仕事を辞めて何もしないでいることが不安だという人がいる。所属がないと不安なんだ。

どこに自分をおくのか、自分のアイデンティティーは。定年退職をした人がその後迷ってしまう。仕事を本当の意味で一生懸命やっていた人はすんなりと行くんではないだろうか。仕事を逃げ道、口実にしていた人は苦しいだろうね。

今の男の人は暇を遊ぶことを知らない。

―定年退職後が長い。その人たちはある意味「資源」。今この会で勉強していることはそういう人に入っていかないかな。

やっている人はいる。若い人でも入っていく人はいる。

 

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自分探し(その1)

人生の目的を見つけるために「自分探し」という表現をよく目にするが、そもそも自分はそこにいるのであって、見つけに行くようなものはない。そんなことより、自分がそうしたいと思ったときに、信じて行動できるかどうか、そうしたことが大切だと教えてくれる。(2014年11月)

あなたがたが行動をしようと思った時が、その時だ、と思うことだ。一分一秒違えずにその時が来たと思うべきだ。その瞬間自分自身の感覚を100%信じることができるよ。

―逆に100%自分自身の感覚を信じることができないと、その時、動きにくいよね?

その時はすべての人に平等に訪れる。一分一秒違えることはない。だから全ての人は完璧だ。

―だとしたら「私なんか・・・」とか、迷っちゃう、とか言ったらもったいないか。

回り道をしたい人もいる。経験をするために。ホントはそれを恐れていて、そこに辿り着きたくないのに過程の旅をしたいので追い求める人は多いよね。

―厭味ったらしい言い方だね(笑)

今までの人はそういう人が多かった。でもこれから出てきている(=生まれてきている)人たちは本当に自分自身を知りたいという人、理(ことわり)を垣間見たいという人が多くなったように見える。

―先ほどの解説をすると、すごいものを追い求めている自分がいいと思っている人たち、でも最終的に行きつくのは自分自身を見なきゃいけないところなんだけど、それは怖いから逃げている人たちだ。

本当は辿り着きたくないんだ。だから言い訳をしたり、そことはちがう答えをもとめて、その違う答えを言ってくれる科学者とか、大学の先生とかそういう人たちのところへ行くんだ。

―自分探しをし続ける。

「自分探し」といった時点で自分がいないんだよね。そういう人にあなたはそこにいるでしょ、というと、その言葉は聞き逃すんだ。 

そこにそのままあることが真実なのに、その場所にいてもいないと思い込んでいるので、行動しているのは自分なのに、歩いているのは自分なのに、こちらにいると思えば行き、あちらにいると思えば行く。でもいないから永遠に続く。その旅自体はおもしろいんだ。でも、答えを知ってしまえば旅が終わると思い込んでいる自分がいるんだ。新たな旅が始まるだけなんだけど。

―ふらふらしているのを自分探しの旅と言ったらカッコいいしね。

自分探しをしている人に赤ちゃんをみせてあげるといい。赤ちゃんはただそこにいるから。でも、それでも耳を通り抜けるんだろうけどね。

自分の見たいものしか見ないし、聞きたいことしか聞かないから。でもそれが難しい世の中になってきている。人間はそういう人であろうと、どんな形であろうと好奇心を止めることはできないよ。

 

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嫉妬と怒りのエネルギー

今回は、「われわれさん」から私たち人間に質問という珍しい場面である。個人個人の意識も肉体をもたない存在にとっては、わからない人間感情というものもあるようである。(2016年)

そもそも「嫉妬」とは何か?

「われわれさん」から質問なんだけど。「嫉妬」ってなんだろう?

―みんな説明に悩むね。「うらやましい」とか?一番わかりやすいのは恋愛だけど・・・。男の嫉妬と女の嫉妬は違うかな?男の人は仕事関係が多いね。男の嫉妬のほうが、たちが悪いかも。能力があると思っているのに、とか。だから相手を引き摺り下ろしたり。嫉妬って自分の思い込みだと思う。「われわれさん」も困っているね。

身体を持っているという現実と見えている世界、身体を持っていないという現実と見えている世界では感情、感覚、当たり前が違う。だからすごい興味あって「われわれさん」は聞いてみたらしいよ。

―聞いたとしても(われわれさんには)使いようがないよね(笑)

でもこういう感情をこのフィールドでは持っているんだと(われわれさんは)理解はする。 

―嫉妬をもつ、というシチュエーションを向こう(の世界)で無理やりにでも作った時にそういう感情って出るかなあ?

どうやって無理矢理に作るんだろうって悩み始めるよ()

―あちらは性別がないんでしょ。だったら恋愛する必要はないよねえ。

恋愛という名前がない。恋、愛、ではなく「愛」なんだ。

―この人と一対一で恋愛関係を結ぶ必要性がないんでしょ。

だから「愛」なんだ。

―わかった、わかった、だから恋愛の嫉妬は難しいから、さっき言った役割があったとして、得意不得意があって・・・。

得意なことは得意なものが得意なようにする。

―向こうの人たちもすごくたくさんいたとして、この会に関われる人と関われない人がいて・・・。あっそうか、みんな一緒なんだ、ひとつなんだからだめだ。集合体だから、個の意識がないから、だめか・・・。あ、そうか。嫉妬なんかないわけだ。

(麦茶のペットボトルを紙コップに分けながら)分ければこっちにもこっちにもわれわれがいる。また戻れば一つだ。もし人間が(われわれさんたちの姿を)見たいと言ってくれて、実際に本気で(人間が)見てくれたとして、見せていいよって(人間が)言ってくれたら、その人がこんな人なら見てみたいと思う姿を(われわれさんは)見せてしまう。

―こっちの紙コップがよかったとかはないのかな。

ないね。そういう思いがあったらすぐ伝わる。

―もうさ、だからさ、向こうの世界にはペットボトルも紙コップもないのよ(笑) あ、わかった。こちらは肉体の制約がある。われわれさんは肉体がない。

もう終わったからね。

―肉体の状態がいいなっていうのは嫉妬じゃないのかな。このお菓子はすご~く、おいしいんだよ、私は食べられるけど、あなたは食べられないのよってね(笑) いいなあって思わないかな。味を知らないんだよね。

根本的なこと言っていいかー。(あちらの世界では)食べるという行為がない!

―でもエネルギーを吸うことはするでしょ。

ここのエネルギーも吸うよ。

―おいしいっていうエネルギーを吸うんだ。

いや、おいしいって、よかったね!って言ったら同じ体験ができる。

―わっかんないなあ、きょうは高度だね。

「われわれさん」はこちらを知りたいと思うし、自分たちの知っていることを伝えたいと思うので、このお勉強会に参加している。

―恋愛とか、嫉妬とか、羨ましいとかって結構重要な要素ではあるね。恋愛とかって、こちら側に来たときの設定条件みたいなものじゃない。恋愛がなければ繁殖しないわけだから。絶対条件だと思う。根本的なところから、嫉妬とかはその設定から派生する感情だから。

面白い感情の発生の仕方だなあって(われわれさんは)言っている。

 

怒りのエネルギーとは?

―どうして神様は怒りというものを作ったんだろうと思うときがあるな。

怒りのエネルギーってスパークなんだよね、爆発。そのエネルギーを怒りとするのは人間なんだけど、そのスパークの大きいエネルギーはプレゼントかもしれない。怒りに変化するととんでもないエネルギーだけれど、そのエネルギーを怒り以外のもの、怒りを道具にして立ち上がるものにするときにすごいエネルギーになる。

(以前に)言われたのは怒りをもったら、ラッキー。そのエネルギーで何かをすると、捗(はかど)る、と。それで、頭にきながら掃除をしたらすっごくきれいになったし、はかどった。ふつうしないところまで掃除した。方向を違うほうに持っていく。

純粋な力強い長く続くエネルギーなんだ。怒りって。悲しみもそうだ。喜びは怒りよりは長続きしない。

―嫉妬のエネルギーもそれに近いかも。

それを変換できるかどうか。嫉妬も怒りも自分の見る角度と方向性だ。自分の目に映るものしか見えないのであれば、いかように映してもいい。自分が決めていいわけだ。そこも選択だ。

―普通に怒りとするか、ぶつけて掃除するかだね(笑)

選択を選択しやすくしてくれるのも強い感情。憎しみ、怒り、嫉み、嫉妬、こだわり、というものも変換できると思う。道具になる。行動への返還になる。エネルギーとしては純粋だから。それをどうするかは選択。

―別に掃除でなくても、仕事するぞ、でもなんでもいい。

どうしても変換できない感情が生まれた場合は、私が(←われわれさんではない)やっていたのは歩くこと。ひたすら、頭が真っ白になるまで歩くこと。知らない駅で降りて知らないところを歩くといい。頭が真っ白になるまで歩くという行為はなかなかできないだろうが、おもしろいことにその時間は与えられる。怒りで手につかない時間。

―貧乏性だから、その時間がもったいないとおもってしまう(笑) そのエネルギーで電気でも起こせないかな。笑い事じゃない、誰か発明すれば、世の中がよくなる。戦争のエネルギーがあれば原子力発電に相当するかも。真面目に商品化しませんか。変換はできるんですか?

できる。その根本的な意識は決め事は自分で決められる、ルールブックは自分自身であるということ。そこをずらさないようにすると、仕事のときに嫌な人に会って一緒に仕事をしなくてはならなくても、割り切れる。この役割は私の役割で、この役割は私の一部であって、すべての私でないと思えばいい。

その人に見せているのは一つの私。それを選んでいるのは私。主役になればいいんだ。

 

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こだわり(2)

こだわり(1)の続き

―今起こっている事象、例えば自然災害、地震、異常気象、北朝鮮、中東、ヨーロッパが戦争状態、中国も危ない。そういう状況でね…。 

それが見えてきたという状況。もともと酷かったのが見やすくなった。中に隠されていたものが出てくるようになると言ったけど。見えにくかったものが見えてくる時代でもある。

今まで見てこなかった、耳に入らなかったものが漏れる、目に入る、映るという状況に変わってきた。今、酷い、酷くなったというが、もともと酷かったんだ。ただ気づいてなかっただけだよ。

表に出てくるということは、いろいろな場面で事象が動くんだ。「見る」ということは人たちの思いが動くということ。良きにつけ悪しきにつけ。

見える、確認する、認識するということで、祈りも届きやすくなれば、悪想念も届きやすくなる。

―だから極端になってくるんだ。

そう。だから分かりたくないもの、見たくないもの、を頑固に見ない人たちは見たくないし、分かりたくないから分からないでしょう。何をどうやっても、どんなものを見せつけても。

―頑なに見ない人は一部いるけど、おかしいと気が付いてきた人たちが増えてきているよね。

とても増えてきている。それは(逆に)良いという状況なんだ。悪くなっているように見えるかもしれないけれど、いろんな人が事象を見て、認識して確認しているということは変えることができるということなんだ。それほど人の思い、念、祈りは強いということなんだ。 

どうやったら世界の人たちに知らせて見せることができるかと動いている人たちが必死になっている。今。消す動きもあるが、それは追いつかない。ということは逆転現象が起こっているということなんだ。見たい知りたい、何かできるかもしれない、思いを馳せることはできるかもしれない。それもできないけど、見ることはできるかもしれない。見ることによって変わる。エネルギーが

―変なたとえだけど、病気になったりして、酷くなって我慢ができなくならないと医者に行かない。つまり、酷くならないと動かないってことか。つまり、動く状況になってきたんだ。

人間は認識して、自分に降りかからないと動かないんだ。

―北朝鮮の水爆実験は….

アメリカ、ロシアは(水爆実験を)今もやっているし、インドネシアの方で始めている。アメリカは黙ってやるのはダメよって言っているけども。アメリカは戦争で潤ってきた。だから定期的に戦争がないと困るわけ。変なところに介入したりね。 

見えやすいところに集中するけど、その陰に隠れているのはなんだろうな、と見たら見えにくいところが見え始める。隠したいから違うものを見せる。

アメリカは武器商人だからやらないと国がダメになってしまう。日本は買えって言われ、使えって言われている。

―見やすくなった、というのは世界に情報がすぐに広まるからだと思ったけれど。

ばらす者もいるの。わざと見せて、こっちを隠す。日本で政治家が汚職などで大きく事件が出てくるときに必ず事件が隠されている。大きいことが起きた時に何が隠れているかを見てみると面白いかも。

―誰がそんなことを考えつくのかな。

トップ。自分が権力を握りたいと思っているもの。権力に集中しているもの。自分たちが一番偉い存在だと、「誤認」したいもの(笑)。

まあ、認識して違うとわかっているから「誤認」したいんだ。それがだんだんほころび始めている。

われわれはいろんなところに拡散しているからね。どんどん出している。感じてみて対岸の火事として見ない人も増えてきたからそれは喜ばしいことだね。

 

こだわり(1)

テロや、暴走する国家の話題、そして地震や竜巻などの天災のニュースなど、毎日、私たちに飛び込んでくるものは不安なものばかりだが、私たちはどういう気持ちでこうした世情に向かいあっていけばいいのだろうか。(2016年1月)

―年明け(2016年)から、北朝鮮の水爆実験、異常気象、毎日のように起こるテロのニュースなど、どうしたらいいのかわからない、という話から始まった。

こだわらない。こだわるとそれに引っ張られて一緒に落ちてしまうよ。見方としたら。こだわらないで、それを認める。何にしてもこだわらないのが一番だ。 

その中からでも楽しさ、気高さ、を自分なりに探してみるのもいい。自分がどう感じてどう動いて、という、選択は自分にあるのだから。こだわるのも自分自身だって思った方がいいよ。「なんでこだわるのか」というところにフォーカスすると、そこには引っ張られなくなるから。それは学びになる。ただし、なんだろうなんだろうとそこに集中すると引っ張られてしまうよ。

―(ニュースや世間に)こだわらないで、影響されないで、自分の中心から見ていくように、とずっと言われていることだけど・・・。

それは理想論だけどね。こだわってしまったとしても、こだわったと気づけばいい。どうしたって人間なんだから感情で動いたり、状況で動いたりするからね。

―そうなんだけど、もう周りの状況がそこだけで自分を支えていくには限度を越している気がする。

それもできてないのに?(=こだわらない、ということもできていないのに?)

―まあ、そこではなくてね。それ一本で支えるには荷が重くなっている。それで支えていけるのならいいけど。

いや、それ一本ではない。それをやることで、いろいろな出来事の見方、感覚、行動が変わって、違う角度から見られるようになる。そうすれば道具もそろいやすくなるよ。(続く)

2015年からの3年(3)~自分探し~

2015年からの3年(2)の続き

それと同時に、あなたがたが行動をしようと思った時がその時だと思うことだ。一分一秒違えずにその時が来たと思うべきだ。その瞬間、自分自身の感覚を100%信じることができるよ。

―逆に100%自分自身の感覚を信じることができないと、その時に動きにくいよね

その時はすべての人に平等に訪れる。一分一秒違えることはない。だからすべての人は完璧だ。

―だとしたら、私なんか、とか、迷っちゃうとか言ったらもったいないか。

回り道をしたい人もいる。経験をするために。ホントはそれを恐れていて、そこに辿り着きたくないのに過程の旅をしたいので追い求める人は多いよね。

―厭味ったらしい言い方だね(笑)。

今までの人はそういう人が多かった。でもこれから出てきている(=生まれてきている)人たちは本当に自分自身を知りたいという人、理(ことわり)を垣間見たいという人が多くなったように見える。

―先ほどの解説をすると、すごいものを追い求めている自分がいいと思っている人たち、でも最終的に行きつくのは自分自身を見なきゃいけないところなんだけど、それは怖いから逃げている人たちだ。

本当は辿り着きたくないんだ。だから言い訳をしたり、そことは違う答えを求めて、その違う答えを言ってくれる科学者とか、大学の先生とかそういう人たちのところへ行くんだ。

―自分探しをし続ける。

「自分探し」といった時点で自分がいないんだよね。そういう人に「あなたはそこにいるでしょ」と言うと、その言葉は聞き逃すんだ。

そこにそのままあることが真実なのに、その場所にいてもいないと思い込んでるので、行動しているのは自分なのに、歩いているのは自分なのに、こちらにいると思えば行き、あちらにいると思えば行く。でもいないから永遠に続く。その旅自体はおもしろいんだ。でも、答えを知ってしまえば旅が終わると思い込んでいる自分がいるんだ。新たな旅が始まるだけなんだけど。

―ふらふらしているのを自分探しの旅と言ったらカッコいいしね。

自分探しをしている人に赤ちゃんをみせてあげるといい。赤ちゃんはただそこにいるから。でも、それでも耳を通り抜けるんだろうけどね。

自分の見たいものしか見ないし、聞きたいことしか聞かないから。でもそれが難しい世の中になっていっている。人間はそういう人であろうとどんな形であろうと好奇心を止めることはできない。

―自分自身を探すというのも好奇心?

反面、自分ではない自分になりたいというヒーロー願望だろう。正当に評価されていないと思い込んでいる。正当に評価できる人がいるのだろうか。自分自身を正当に評価できないのに、人が正当に評価できるわけがない。

どういうレベルの評価が欲しいか。弱さとか、果敢なさとか、穢れとか、清らかさとかを自分自身の中で厳しく選別している方はおられる。でも往々にしてそういう人は謙虚だ。

―条件付きだったら、評価できる。もしこうだったら、自分を認められるとか。

だから、そうなれないと絶望する。絶望は希望の種だけどね。

―ここ三年で変わっていくというのは皆感じている。その前にこういう勉強ができるというのはいい。今の若い人でもレベルの高い人もいる。そういう人の言うことを謙虚に聞きたい。

どこを持って大人とするかを今一度検討するといい。昔は働き出したら、半人前とか、でも大人とみられる。

―自分自身で選択ができ、責任を持てるのが大人…だとしたいね。

自分の中の一つの選択肢をみるためのものとして、考えてみると見やすい。選択するときに大人、とか子供とか。働かざる者食うべからず。自立できないでいる人は前からいたが、それが見えてきたから、考えてみるといいよ。

―昔は書生さんとかいて、結構よかった。ある程度社会が認めていたのかな?仕事を辞めて何もしないでいることが不安だという人がいる。所属がないと不安なんだ。

どこに自分をおくのか、自分のアイデンティティーは。定年退職をした人がその後迷ってしまう。仕事を本当の意味で一生懸命やっていた人はすんなりと行くんではないだろうか。仕事を逃げ道、口実にしていた人は苦しいだろうね。 

今の男の人は暇を遊ぶことを知らない。

―定年退職後が長い。その人たちはある意味、「資源」。今この会で勉強していることはそういう人に入っていかないかな。

やっている人はいる。若い人でも入っていく人はいる。

2015年からの3年(2)

2015年からの3年(1)の続き

だからこそ、年齢が上の方々は経験があるから、あらためてわからないことや、知らなかった事柄が出てきたら、年下の人たちに指摘をされるとどうなるか、想像できると思うけど() 

そこはスっと自然に知らないことを(教えを)請える人間の方が生きやすい。相手も知らないことがあるだろうから、スっと伝えられる。教えるのではなく、伝えられる。そして伝えたら、相手に選択権を渡す。そういう目をもっていると今後生きやすいし、伝えやすいと思うよ。

そうすると、怒ることが少なくなる。喜びが増える。知らないことを知ることができる。ただし、知ることは行動することではなく、知ることは知ることであって、行動したときにはじめて自分のものにできるんだ。 

―相手の言っていることではなく、行動を見なさいとよく言われたよね。

そう、言葉は美辞麗句だったりして、(行動、真実を)隠してしまう。本人がその気がなくても。相手が経験をしていたら、それを見つめることができるけれど、経験をしてなかったら、それを見つめることができない。ただ拘(こだわ)らない。それができるようになると、自ずと自分の行動や見方が変わるから。 

この中で気を付けなければならないのは現実と真実は違うということを頭に入れておいた方がいい。 

現実はジャッジメントしない。ありのままにそこにある理(ことわり)。真実は自分の経験の上での真実。例えば良い悪いを選択するのも自分だしね。

 ―「真実」という言い方をすると、普遍的なものだという認識をしがちだけど。今言っているのは自分の中の真実。目の前の現実と自分の真実は違うから見なさいということ?

そうです。

そのずれを怖れないこと。そうするともっと普遍的な真実の端を垣間見ることができるよ。

(続く)

2015年からの3年(1)

これからの時代は変革に満ちたものになるといわれているが、実際のところどういった心構えがいるのだろう。少し抽象的なところもあるかも知れないが、自分自身で思いあたることに照らし合わせてみると腑に落ちるメッセージがあると思う。(2014年11月)

それは世俗と政府の部分、人々の意識の流れが変わってくるのがこの3だね。

例えば、建物(=建築)に関しても、子供を養育することも、男女、性別についても変わっていく。

(すた)れるものと残るもの、昔あったものが言葉を変えて出てくるものもあるだろうし、新しい病気とか治療法とか、それぞれ個人個人が選別する3年だと思うよ。 

薬にしても、それからたとえば整体という身体を調節する事柄にしても、それを見極める目をつくるのがここ3年だと思う。 

それが少しずつ目に見えてきているから、テレビで情報を得るよりも気になった情報があれば可能な限り、自分で動いて、聞いて、見て、触って感じてほしい、自分なりの答えでいい。

それをまだその情報に気付いていない人に自分なりの方法で伝える。それぞれが、自分がスタート地点であるよ、同時にゴールの地点であるよ、という認識をもつ3年になる。

―良いものも悪いものも出てくるの?

その「良いもの」という感覚や選別選択、悪いものと見える(という)選別・選択良いとか悪いとかの観念が変わってくる。もともとの土台の違いを見極める必要がある。 

自分の経験上の悪いと思うこと、良いと思うこと、思い込んでいたこと、これから思うかもしれないこと、ニュートラルにいたほうがいいんだ。 

ジャッジメント(=判断)をするわけではないから、選別はジャッジメントとは違うので。カテゴリーは多いほうがいいかもしれないけど。絶対という事柄はないと認識していた方が自由だと思うよ。

―そういう意味でニュートラルがいいんだね。(続く)